第34話
掃除を再開した伊津と、手持ち無沙汰の芽衣胡。
芽衣胡は暇だと感じて伊津に声を掛ける。
「ねえ伊津」
「はい? 何でしょう?」
「わたしにも掃除を手伝わせてくれないかしら?」
「はい?! 駄目ですよ!! ここでは華菜恋様なのですから! お嬢様は掃除などいたしません!」
「それでは華菜恋はいつも何をしていたの?」
「そうですね、お嬢様は……、お花を生け、刺繍をし、書を読み、琴を爪弾いておられましたよ!」
「――ない」
芽衣胡の呟くような声を聞き取れず伊津が聞き返す。
「出来ない……。どうしよう、出来ない。わたし、そのどれも出来ないわ……」
「芽衣胡様?」
「華菜恋の代わりなのに、華菜恋がしてることのひとつも出来ないなんて、大変だわ。これでは身代わりなど務められないわ。どうしよう伊津」
「大丈夫ですよ、それで何かを求められることなどないでしょうから。心配ありません」
「そうなの?」
心配そうに問う芽衣胡に伊津は笑う。
「ここは松若家です。お嬢様が万里小路家で何をしていたか、何が得意かなど誰もご存知ではないでしょう。だからご心配されることはないと思いますよ」
「そう……ね」
ほ、と小さく安堵の息を吐き出した芽衣胡は、それでも自分が手持ち無沙汰なのを感じて何か出来ることはないかと考える。
だが出来ることと言えば光明寺で毎日行っていたことしかない。
「伊津、その雑巾貸してくれる?」
「これですか?」
伊津は棚を拭いていた雑巾を持ち上げ芽衣胡に確認する。
ぼんやりと伊津の手の先を視認した芽衣胡は素早く手を伸ばして伊津から奪う。
「わたしは寝台のある部屋を掃除するから!」
「待ってください芽衣胡様」
伊津に捕まる前に芽衣胡は寝室に入ると扉を閉めた。閉められた扉を見て伊津は、やられた、とため息を吐いた。
こうと決めたら譲らない所はお嬢様にそっくりだと思いながら伊津は部屋の外に出る。戸の外側に掃除用の桶を置いていた。桶の縁に掛けてある別の雑巾を手にして掃除の続きをしようとする伊津の前が急に暗く翳る。
そこには證が立っていた。
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