第33話
厠で用を済ませ部屋に戻ると松子が、朝餉はどうしますかと聞きにきた。
「もうじき昼になりますよね。朝餉は用意しなくていいわ」
「それでは水菓子でもお持ちしましょうか?」
「ありがとう。でもいらないわ」
――寝坊したわたし一人のために用意などしてもらえない。それにあまりお腹が減っていないみたい。
昨晩食べたサンドイッチが胃に残っているようだった。元々少食の芽衣胡には寝る前に食べたサンドイッチが小さな胃に重かったのだ。
だがまた食べたいと思うほど美味しかったので機会があればお願いしようと芽衣胡は思うのだった。
伊津に手伝ってもらい上等の着物に袖を通す。
「光明寺のみんなにもこんな綺麗なべべ着せてあげたいな」
「そうですね。こちらが見るのも可哀想なほど襤褸でしたものね……」
「これだって一枚売ったらいい値段になるよね?」
「売るつもりですか? そのお金で安い反物を買って何枚仕立てるのです?」
「ごめんなさい伊津。もしかしてこの着物を仕立ててくれたのは伊津?」
「ええ。そうですよ。華菜恋様ではなく芽衣胡様のために大急ぎで仕立てた一枚です。売るなんて言わないでください」
「ごめんなさい伊津。これは、この着物だけは大事にするから許して?」
「大事にしてくださいよ?」
「うん。大事にする! だってわたしのために仕立ててくれたのでしょ? 生まれて初めてよ、こんなに綺麗な着物がわたしのものなんて……」
ぼんやりと地の色が見える。
「からし色かしら?」
「菜の花色と言ってください」
「まあ、ごめんなさい。では花が描かれているのかしら?」
「はい。綺麗な花が咲き乱れ、蝶が軽やかに舞っています」
「そう。……見えないのが残念だわ」
「芽衣胡様は何がお好きですか?」
「わたしの好きなものは……、華菜恋よ。それに伊津も好き。あと光生様と秋乃おかあさんと、育児院のみんなも」
「ふふ、なんだか芽衣胡様らしいですね。さて掃除の続きをしますので芽衣胡様は座っていてください」
伊津はにこやかに笑うと芽衣胡が座りやすいよう椅子を引き、芽衣胡の手を引く。膝裏に椅子が当たるのを感じながら芽衣胡はゆっくり腰を落とした。
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