第49話
「華菜恋」
芽衣胡は自分が呼ばれたことに反応できず、返事が一拍遅れる。
「あっ、はい!」
「……貴女は光明寺に縁があったりするだろうか?」
光明寺と聞いた芽衣胡は驚き、鼓動が早くなる。育児院の孤児だと判明したのだろうかと思うと、声が出ない。
「10年前だろうか。私は貴女からそこでキャラメルをもらったのだ」
キャラメルをもらった――その言葉で芽衣胡の脳裡にキャラメルをもらう自分の姿がよみがえる。
キャラメルを渡すのは、いつも華菜恋だった。
證がキャラメルをもらったのだとしたら、それは芽衣胡ではなく華菜恋からだろう。
そう思い至った芽衣胡は安堵した。芽衣胡が育児院の孤児だと露呈したわけではなかったのだ。
「10年前と言えば、貴女は……5歳か? そうだな、覚えていなくとも無理はない」
ふっ、と笑みをこぼした證の静かな声が耳に届くと芽衣胡の胸がざわざわと嫌な心地に包まれていく。
證が見ているのは万里小路華菜恋であって、芽衣胡ではない。それがなぜだか悲しく思えてしまい芽衣胡は俯いた。
「どうした華菜恋? 気にしなくて良い、仕方ないのだから。貴女は4歳か5歳かの幼女だったのだ。そのような幼い頃のこと覚えていないものだ」
覚えていないことが悲しいのではない。
そもそもそれは華菜恋と證のこと。
そこに芽衣胡はいない。
芽衣胡ではなく華菜恋だったことが悲しい。
そして證が『華菜恋』と低く優しい声音で呼ぶことも悲しい。
自身が華菜恋の身代わりであることが判明してはいけないはずなのに、自分が『芽衣胡』であることを望む。その矛盾に芽衣胡が眉を寄せると、別の足音と、それから證を呼ぶ声が届いた。
榎木だ。
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