第25話
部屋の外から聞こえる足音が止まる。
伊津も芽衣胡も誰かが来たと襖へ視線をやった。
「華菜恋さん、入ります」
「はい、どうぞ」
襖がゆっくりと開くとそこには着流し姿の證がいた。證は左手に茶色い箱を抱えている。
「君は?」
證の視線が伊津を捉える。伊津は證の冷ややかな視線を直視してすぐに額付いた。
「伊津と申します」
「そう」
「そ、それでは失礼いたします」
これから初夜を迎える二人の部屋にこれ以上留まれないとばかりに伊津はそそくさと出て行った。
「優秀な女中だな」
「はい。伊津はわたしに必要な女中でございます」
「不便はないか?」
「ありません」
そう答えたものの、何が不便なのかもまだ分からないと芽衣胡は思った。今までの生活とは反転し、何もかもが見知らぬことばかり。
とりあえず伊津さえ側にいてくれれば困ることなどはないと芽衣胡はどこか安易に考えているふしがあった。
「だ……だんなさま?」
夫となった彼をどう呼べばいいか思案しながらもそう呼ぶと、呼ばれた證は少し考える。
「そう呼ばれるのは悪くないが……、この家で『旦那様』は父を指す。従って、私のことは名前で呼んでくれて構わない」
「證様?」
「様まで付けなくてもいい」
「ですが」
「はあ」
證のため息を聞いて芽衣胡は間違ってしまったと焦る。證が言ったことに反論などせず、従順にするべきだったのだ。
しかし證は「まあ何でもいい」とこぼす。
「貴女が呼び易いようにしなさい」
「はい。申し訳ございません」
「謝らなくていい」
「はい。申し訳――」
謝らなくていいと言われた直後にも関わらずまた謝っていると芽衣胡は言葉を止めた。怒られるだろうかと思ったが、證はさほど気にしていないのかもう一脚ある椅子に腰をおろし、手にしていた茶色い箱を円卓に置いた。
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