第24話
2
風呂を出て部屋に戻った芽衣胡の元に伊津が握り飯を運んで来る。
「他に必要なものはありますか?」
「いいえ、ないわ」
「今夜は初夜ですからね、しっかりとおつとめくださいませ」
「そうね、初夜だもの。頑張らないといけないわね!」
華菜恋から聞いた話しによると、やや子が出来たのは初夜だという。
だからきっと今夜が重要なのだと芽衣胡は考えている。神様や仏様に願いが届けば
「では髪を整えましょう」
伊津は芽衣胡の濡れ髪に手ぬぐいを当て水分を拭き取ると小さなビンを出して蓋をあける。
「いい匂いがするわ。なに?」
「椿油です。芽衣胡様の髪は艶もなくごわごわでまるでたわしのようですから。……こんなことならもっと上等の椿油を万里小路の奥様にお願いすれば良かったです。上等のものは全てお嬢様が持って行かれましたから、すぐに用意出来たものが安価な品物で申し訳ございません」
「そんな、安価だなんて……。わたしには勿体ないくらいだわ」
「勿体ないことなんてございません! これではお嬢様の絹糸のような艶やかな髪と比べて雲泥の差があります!!」
「仕方ないわよ。毎日泥にまみれていたのは本当だもの」
「だからこそこうやって椿油で整えて丁寧に櫛を通しているのです。まさか櫛のひとつもお持ちではないなんて信じれませんでしたけど、芽衣胡様の髪を触ったら納得いたしました」
「ごめんなさい伊津」
「あ、謝らないでください」
芽衣胡の髪に櫛を通す伊津の手が止まる。同時に伊津の口も止まった。
華菜恋に与えられたものは、本来なら華菜恋と芽衣胡の二人で分かち合うもの。
それが華菜恋だけに与えられ、芽衣胡には何ひとつ与えられることはなかったのだ。それを華菜恋と比べて芽衣胡が劣ることに怒りを抱いた伊津は、怒りの向けるべき先が違ったと自身の発言を悔いた。
「伊津?」
「今度、……上等の櫛をご用意いたしますね。やはりツゲの櫛がいいですよね」
「伊津に任せるわ。わたしは見えないし、どれがいいのかも分からないもの」
「芽衣胡様……」
不幸なんてないという顔で微笑む芽衣胡の顔を見て、伊津の胸が苦しくなる。
双子として生まれていなければ、もしくは万里小路の子として生まれていなければ、芽衣胡にはまた違った人生があったのかもしれない。父母に愛され、不自由なく暮らす人生が。
華菜恋の身代わりとして嫁いだ芽衣胡には、万里小路で与えられなかったものを松若家から享受して欲しいと伊津は望むのだった。
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