第77話

久しぶりにふかふかの寝台にあがるなと芽衣胡は思った。

 それと同時に、華菜恋がここにいる間は華菜恋と證が一緒に寝ていたのかと思うと胸がざわざわとし始める。


 『嫌だな』という感情が心の中を黒く染めていく。


「芽衣胡、どうした?」


 芽衣胡の隣に腰をおろした證は芽衣胡の顔を覗き込む。


 證の真っ直ぐな視線に、心の中を見透かされた気がした芽衣胡は、誤魔化すことなく正直に白状した。


「證様がここで華菜恋とともに寝ていたのだと思ったら、嫌な心持ちになってしまいました」


 気持ちを声に出すとまるで證を詰っているようにも聞こえる。


 そんなつもりで言ったのではないと言い訳をしようとする芽衣胡の耳に證の笑い声が届く。


「それは嫉妬か?」

「嫉妬?」


 この感情が嫉妬なのだと芽衣胡は初めて知る。


「ふっ、愛らしいな」

「笑わないでください」


 顔を背ける芽衣胡の名前を證は愛おしそうに呼ぶ。


「君ではない女性と共に寝るわけがないだろう」

「え?」

「安心しなさい。華菜恋さんがここにいる間、私は本邸の自室で寝起きしていた」

「どうして?」


 そう問う芽衣胡に向かって、證は目を見開く。


「どうしてなど、言わなくとも分かるだろう」

「分かりません。教えてください」

「私の隣にいて欲しいのは君だ。彼女は君ではない」

「同じ顔をしておりますが?」

「顔が同じなら中身も同じなのか? 君は君で、彼女は彼女だろう? 君は華菜恋さんになれないように、華菜恋さんも君になることは出来ない。君と入れ替わった華菜恋さんを見て私と榎木は違和感にすぐに気付いたよ」

「そんなに違いますか?」

「ああ、全然違う」

「私が欲しいのは君であって彼女ではない。だから彼女の隣で共に寝れるほど神経は太くないつもりだ。君とだから共に眠りたい。分かってくれるかい?」


 こくんと肯く芽衣胡は心の内側にあった黒い靄が霧散していることに気付いた。

 證が華菜恋と芽衣胡を見分けていることにもとても嬉しくなり、目に涙が浮かぶ。


 すると、胸がどうしようもなく苦しくなった。

 目に浮かぶ涙がひと筋、頬を伝う。


「あの、證様?」


 なんだ? ――そう視線を向ける證は優しく微笑んでいて、芽衣胡の胸が一層苦しくなった。


「わたし、證様のことを考えると胸が痛くて痛くてとても苦しくなるのですけど、これは何かの病なのでしょうか?」

「ああ、病だな」


 病気だと言う證は嬉しそうに笑っている。


「なんという病気でしょうか?」

「それは恋の病というやつだ」

「恋?」

「君が心の底から好きだと思う相手のことを考えた時に胸が痛くなる病さ。かくいう私もずっと胸が痛くて苦しい」

「證様も苦しいのですか? 誰のことを考える時ですか?」

「ははっ、君だよ芽衣胡。君のことが愛おしいから胸が苦しくなる。君は?」

「私は證様のことを考える時……。苦しいということは愛おしいということ?」

「私は君に触れたいと思うし、他の男が君に触れるのは許せない。君を閉じ込めて独り占めしたいとも思う」

「わたしも證様に触れたいと思うことがあります」


 證が芽衣胡の手を両手で包み、そこへ口付けを落とした。


「私は君にこういうことをたくさんしたいよ。君は私に口付けされるのは嫌か?」

「嫌、だなんて……。でもとても恥ずかしいです」


 頬を染める芽衣胡の様子に證は満足そうな表情をして、芽衣胡をその腕に抱き締める。


「芽衣胡、私はずっと苦しいんだ。助けてくれ」

「助ける? ど、どうしたら?」


 證の匂いを鼻に吸い込んだ芽衣胡はくらくらする頭でそう問う。


「君の手を私の背中に回してほしい」 


 芽衣胡はおずおずと手を持ちあげて逞しい證の背中にペタリと貼り付ける。

 すると二人の身体がこれ以上ないほどに密着した。隙間はどこにもない。


「芽衣胡、君を愛しているよ。君は?」


 證の低い声が耳朶を這い、お腹の底に沁みていく。

 好きな声にそう囁かれて、芽衣胡はその感情を唇に乗せる。


「わたしも、……お慕いしております」


 芽衣胡の告白に、證の腕の力が強まる。

 これ以上力を強めれば、芽衣胡の身体が折れてしまいそうだと感じる證だが、腕の力はなかなか緩まらない。


「君との結びの縁を一生離すつもりはないから、覚悟してくれ」


 證はそう言うと、芽衣胡の唇に自身の唇を重ねた。

 くらくらする頭はもう何も考えることは出来ない。



 ただひとつ思う――幸せだと。





〈了〉

めいこと結びのあかし…

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めいこと結びのあかし 風月那夜 @fuduki-nayo

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