第27話

「食べてみるか?」




 茶色い箱がすっと芽衣胡の前に差し出される。だが芽衣胡には箱の中身は全て真っ白にしか見えない。




 指が空中で泳ぐ。




 白の端を探す。




 ふわっと柔らかな触覚に指を離してしまったが、もう一度そっと指先で触れる。




 白の中に指が埋もれていく感触。それを人差し指と親指でつまむと、ぺろんとめくれたような気がした。




 サンドイッチとは何とも面白い食べ物だと芽衣胡が感心している前で、證がふっと笑う。




「本当に食べるのが初めてなのだな。万里小路家では出て来なかったのか?」


「え? あ、はい」




 そう言うことにしておこうと芽衣胡は首を縦に振る。




「女学校の友人と喫茶に行ったりはしなかったのか、万里小路のお姫さまは」


「はい……」




 本当の所はどうか分からない。華菜恋が何をして何を食べて何が好きだったのかも分からないのだ。もう少し華菜恋のことを聞いておけば良かったと思う芽衣胡の指の上に證の指が重なる。


 何事かと思う間もなく芽衣胡の指がつまんでいたパンが證の指に取られた。




 證はそれを元に戻すとタマゴが挟まったサンドイッチをひとつ、芽衣胡の手に乗せる。




「ひとくち食べてみなさい」


「はい」




 強く握れば潰れそうで、かと言って弱く持っても落ちてしまいそうだと感じながら両手で持ったサンドイッチの端を恐る恐る口に運ぶ。




「おいし……」




 初めて食べる食感。ふわりとして甘く、滅多に食べることのできなかったタマゴはゴロゴロとたくさん入っていて、あっと言う間に口の中に全部入ってしまった。




「気にいったのならまだ食べなさい」




 そう言って證はまたひとつ箱から取ると芽衣胡の手にのせる。




 證は敵であるはずなのに、良くしてくれるから調子が狂うと芽衣胡は思った。




「ですがわたしが頂いてしまったら證様の食べる分がなくなります」


「構わない。それより私はこちらを食べよう」




 壁際まで行った證は棚の上に置かれていた皿を取る。それは芽衣胡が伊津にお願いして作ってもらった握り飯だった。




 だが芽衣胡は、證と二人きりになった緊張で握り飯のことをすっかり忘れていたのだった。




「あ、それ、用意してもらったんです」


「そうか。いただくよ。貴女は遠慮なくこちらを食べなさい」




 證は無言で握り飯にかぶりつく。咀嚼音を聞きながら芽衣胡もゆっくりサンドイッチを味わった。

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