第14話
「そろそろお支度できたかしら?」
襖の外より幸子の声が届く。
伊津がこっそりと幸子を部屋に招き入れた。
「まあ綺麗になって。これがあの芽衣胡なの? 華菜恋に瓜二つね〜」
「あとは紅をひくだけです。奥様にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「いいの? もちろんよ! 生き別れた娘に会えて、その娘の唇に紅が塗れるなんて、こんな幸せはないわ」
「わたしも幸せです」
「ごめんなさいね、本当は本当はずっと――」
「わたしは光明寺で幸せでした。不幸だと自分の境遇を呪ったことなどありません。だからどうかわたしのことでそのお優しい心を痛ませないでください」
ぐすんと、幸子の鼻が鳴る。潤む目から雫を落とさないようにと、幸子は着物の袖で目頭を押さえた。留袖に涙の花が咲く。
「いつもあなたは華菜恋の身代わりね。ごめんなさいね」
「いいえ、華菜恋が光ならわたしは影なのです。身代わりは影の勤めですから」
「影だなんて言わないで」
「めしいのわたしにはぴったりでしょう?」
「ごめんなさいね」
「お顔を見せてくださいませんか?」
最初で最後のお願いですと芽衣胡は幸子に顔を近付ける。よくよく目を凝らし、焼き付ける。これが自分の母なのだと生涯記憶しておけるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます