04

 準備も片付けも、ほとんどを引っ越し会社にやってもらったおかげで、引っ越し自体は何のトラブルもなく終わった。私がしたことと言えば、どこに何を置くか指示を出したのと、あとは通帳などの貴重品を運んだくらいだ。

 今まで住んでいたメゾネットタイプの物件から持ってきた荷物は、なんだか新居の中で肩を寄せ合ってオドオドしているように見えた。すべての荷ほどきが終わっても、まだ家の中にはスペースが余って、スカスカしている。前の家に比べると、何しろ広いのだ。一階にはリビングとダイニングキッチン、それから風呂、トイレなどの水回りに加えて、客間が一部屋用意されている。

「客間に通すような客、来る予定なくない?」

 半分冗談めかしてそう言うと、孝太郎は肩をすくめて「まぁ、うちの親が作りたいだけだから」と応えた。

「今のうちは、桃子の部屋にするのがいいんじゃない? いちいち階段を上り下りしなくて済むからさ」

 膨らんだお腹が前にせり出しているせいで、今の私は足元がよく見えない。だから階段は極力使いたくない。孝太郎の提案どおり、一階の客間をひとまず私の部屋ということにした。

 二階には主寝室に大きなクローゼット、それから子供部屋を想定しているのか、そっくりな造りの洋室がふたつある。まるでこれから子供が産まれることを、義両親が勝手に決めつけているみたいに思えてしまう。

(さすがに考え過ぎか。いかにもありそうな間取りじゃない)

 頭の中でそう呟いて自分を落ち着かせながら、それでもつい少しイラっときた。そもそもあの人たちに、私と孝太郎との赤ん坊を可愛がるつもりはあるのだろうか。

(もうやめよう、こういうことを考えるのは)

 私の仮の自室となった一階の客間は、六畳ほどの洋室だった。ピカピカのフローリングにオフホワイトの壁紙。隅に置かれたシングルベッドが、今のところ一番目立つ家具だ。赤ちゃんが産まれたら、ここにベビーベッドなんかも運び込むことになるんだろうか――そんなことを考えながらお腹を撫でてみた。中で胎児が動く感触があった。

 不思議なものだ、と思う。私の体内に私ではないものがいて、しかもそれは生きており、少しずつ成長してさえいる。この子が外に出てきたとき、私はどんな顔をして迎えればいいんだろうか? パッと母親の表情に変わって、お世話をすることができるんだろうか?

(そんなの、やっぱり上手く想像できない)

 客間には腰の高さに窓がある。カーテンとガラス窓を開けると風が吹き込んできた。やっぱりまだ冬の冷たさだ。春はまだ遠くにいるらしい――などと考えながら、私は外に目をやった。

 あの離れが、視線の先にあった。


 その夜、孝太郎は何度も欠伸をしていた。引っ越し会社のおまかせパックのおかげでずいぶん楽をしたけれど、それでも疲れたことは疲れたらしい。元々彼は「知らない人が自分の家にいる」ということ自体得意ではない。気疲れしてしまうのだ。そういうところは私と似ている。

「俺、今日は早めに寝るよ。おやすみ」

「はーい。おやすみ」

 孝太郎は欠伸をしながら、二階の寝室に向かった。私はリビングで一人になった。

(いわくつき新居での、はじめての夜かぁ)

 そんなことを考えた。さいわい、怪奇現象らしきものはまだ観測していない。かつてこの地で死んでしまった人たちの幽霊がそのへんにいるとして、彼らは私たちのことをどう思うだろうか?

 ――そんな、考えても仕方のないことばかりが、頭に浮かんだ。

(私も、今日は早めに寝よう)

 立ち上がって寝る前の支度を一通り済ませると、私は一階の客間に向かった。

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