07

 離れに灯りなんか点いてるはずない。

 孝太郎はそう繰り返したけど、私はどうしても納得いかなかった。仮にあの離れに誰もいないのだとしても、とにかく灯りは、確かに点いていたのだ。見間違いなんかではなかった。

「ねぇ、あの中って何があるの?」

 私は孝太郎にそう尋ねた。「中がどうなってるか確認できないの? 絶対に入るなっていうなら、入りはしないから。ドア開けて外から見るだけ」

 孝太郎はため息をついた。

「できないよ。鍵がないもん」

「はぁ? ないの?」

「まぁ、もらってないから」

 孝太郎はそう言って、困ったように頭を掻いた。

 おかしな話だ。まぁ……絶対に入ってはいけない場所だというなら、あっても意味がない鍵ではある。とはいえ、「だから渡さない」なんてことがあるだろうか? この家の名義は孝太郎で、あの離れはこの家の敷地内にあるものなのに。

「孝太郎の実家は?」

「さぁ……でも、ないんじゃないかな。売り主の不動産会社とかに聞いた方がいいかも。でもさ」

 なぜか少し咎めるような口調で、「あんまり気にしない方がいいと思うよ」と続ける。

「現に今だって、灯りなんか点いてないわけだしさ」

「点いてたんだって、さっきは!」

「まぁー……そのさ、桃子が嘘ついてるとか、そういうふうに思ってるわけじゃないよ。でも今は消えてるし……」

 孝太郎はそう言って欠伸をした。「それより寝た方がいいよ。特に桃子はほら、大事な時期なんだし」

 そう言われると、悔しいけれどそうだな、と納得せざるを得ない。こんな夜中に暗い庭に出て、転んだりしたら目も当てられない。

「もし一人がいやだったら、一緒に二階で寝る?」

 孝太郎はそう言ってくれたが、私は断った。そうやってふたりで眠ろうとしたところで、落ち着いた気分にはなれそうになかった。話を信じてくれない彼にイライラしてしまうくらいなら、一人で寝たほうがいい。

 孝太郎は眠そうな声で「おやすみ」と言いながら、部屋を出ていった。階段を上っていく音が聞こえた。

 私はもう一度窓の外を見た。やっぱり消えている。確かに見たはずなのに、今はそんな灯りなんかどこにも見えなかった。ずっと闇の中に目を凝らしていると、見てはいけないものを見てしまいそうな気がして、急に怖くなった。

 カーテンをきちんと閉めて、ベッドに戻った。布団をしっかりかけながら、窓の外に見えた灯りについて考えた。

 不思議と怖くはなかった。あたたかい色合いのせいだろうか? 私はあの光の下に、見知らぬ家族の団欒があるような気がした。


 眠っている間に、何度か窓ガラスを叩かれたような気がする。夢だったのかもしれないし、実際に何かが飛んできたのかもしれない。

 私はその音を夢現に聞きながら、なぜだろう、何かが変わってしまうような予感を抱いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る