08

 翌日は日曜日だった。昼までには引っ越しの後始末は粗方住んで、私は孝太郎とダイニングテーブルを挟んで向き合いながら、やっぱり家具が少ないねなどという話をした。

 子供が産まれることを想定して、四人用のテーブルを買った。二階の一部屋はいずれこの子が使うだろうと思って空けてある。それにしてもまだスペースが余りすぎているんじゃないかというのが、私たちの共通した見解だった。そういう話をしながらも、私は頭の隅の方で、例の離れのことを考え続けていた。

「まぁ、スペースが足りないよりはいいじゃん」

 孝太郎が言う。この人はお金持ちの家で育ったというのに、私と同じくらい荷物が少ない。もっともそういう人でなければ、私と結婚などしなかったかもしれない。

「そのうち増えるんじゃない? 子供が大きくなればさ」

「そうね」

 私はお腹を撫でてみた。ただでさえ狭い私の交友関係の中では、結婚も妊娠も私が一番早い。だから経験者の体験談を聞く機会が極めて少ない。どれくらいものが増え、どれくらい手間がかかるのか――子供を持つということに対して、こんなにお腹が大きくなった今でさえ、まだ実感が乏しいように思う。

「そうだ。さっき庭を見てきたんだけど、光って見えそうなものは特になかったよ」

 急に孝太郎が切り出した。

「でも、本当に光って見えたの」

「もちろん、桃子を疑ってるわけじゃないよ。でも、不思議だよね」

「そうだよね……」

 実は私も朝になってから、一人で靴を履いて離れの方を確認しに向かった。結果、不審なものは何も見つからなかった。離れも閉ざされたままだ。玄関はもちろん、窓の鍵なども内側からちゃんとかかっているらしい。

「どこか外から差した光が、たまたま窓枠に当たったのかな」

 当てずっぽうなことを言ってみると、孝太郎は首をかしげた。

「周りが全部生垣で囲まれてるのに、それはないんじゃないかなぁ……まぁ、離れのことは俺も気になるからさ。おやじか誰かにちょっと聞いてみるよ」

 二人とも「幽霊の仕業じゃないか」とは言わなかった。何人も人が亡くなった家の跡地でそういう話をすると、本当に「そういうこと」で確定してしまうような気がした。それが私はイヤだった。もっとも、私も孝太郎も幽霊やオカルトを信じるタイプではない。どちらかというと否定派で、そうでなければいくら義両親の指示だからって、こんな家に引っ越してはこなかっただろう。おそらく。

 昨日、私たちは引っ越し作業の合間に、粗品を持って近隣の家をいくつか訪ねた。持ち家に住むのだからこういう挨拶はちゃんとした方がいい、と思ったのだが、どの家でも「あの跡地に引っ越してきました」と言うと、途端にぎょっとしたような顔をされた。やっぱり近所の人たちにも「曰く付きの土地」として認識されているらしい。

 ああいう視線も気にせずに暮らしていかなければならない――そのことが、胸の中に重石となって残った。


 孝太郎が昼ごはんを買ってきてくれるというので、お言葉に甘えることにした。家から少し歩いたところにちょっと気になる食堂があって、テイクアウトもやっているらしい。

 家の周りになにがあるのか、ぼちぼち開拓していかなければならないと思う。幸いこの辺りには幼稚園や小学校、小児科などもあって、子育てしやすい環境のようだ。

「じゃ、ちょっとぶらぶら行ってくる」

「はーい、よろしく」

 孝太郎を送り出した後、もう一度庭に出てみた。昨日に引き続き、いい天気だ。気温はまだ冬のままだけれど、夕方までには洗濯物も乾くだろう。

 離れにはやっぱり何の異常もない……ように見える。少し狭そうではあるけれど、持ち物の少ない私たちなら、こっちの建物でも十分暮らしていけそうな気がする。

 どうしてこんなものを作ったのだろう? 改めて見ても不思議だし、こんなものを気にせずに暮らしていくのはやっぱり難しい――そんなことを考えながら、シンプルなデザインの玄関を眺めていたとき、微かにインターホンの音が聞こえた。

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