09
家の中までインターホンのモニターを確認しに行くよりも、直接門のあたりを直接見た方が早い。勧誘の類だと面倒だな……と思いながら、家の影に隠れて門扉のあたりを眺めた。
灰色っぽい作業服を着た男性と、もう一人、小柄な女性の姿が見えた。もう少しよく見えないだろうか? やっぱり無精せずにモニターを見に行くか――と迷った瞬間、女性の方がパッとこちらを向いた。
遠かったけれど、ああ見つかったな、ということが直感的にわかった。女性が作業服の男性の方に何か話しかけ、今度は男性もこちらを向く。もう隠れていても無駄だと思って、私は家の影から出、まっすぐに門の方へと向かった。
「すみませーん」
私の姿をはっきりととらえて、男性がこちらに手を振った。バリトンの、よく通るいい声だ。
「
私が近づくや否や、男性はそう言いながら名刺を差し出してきた。名刺に書かれた社名を見て、ようやく何者なのかわかった。この家を建てた工務店の社長だ。家の設備やなんかをまとめたファイルに箔押しされていたのと同じ社名とロゴマークが、名刺の左肩に印刷されている。
「急にすみませんね。ちょうど仕事でこの辺りに参りましたので、おうちの様子を伺いにお邪魔しました」
野島さんは、大きな体を揺らして私の背後――二階建ての一軒家や、生垣に囲まれた庭の奥を眺めつつ「こちらでお過ごしになって、何か困ったことはありませんか?」と尋ねてきた。
何か困ったこと。
とっさに頭に思い浮かんだのは、昨夜見た離れの灯りのようなものだった。あのことについて、工務店の人に相談してもいいものだろうか? 誰もいないはずの離れの窓から、電灯らしき光が漏れていたって? とっさに言葉に詰まってしまった。どう説明すればいいんだろう? という気持ちが、私の声を押しとどめていた。こんなの、どう話したって怪異譚になってしまうんじゃないか?
「あ、あの、離れは」
野島さんの斜め後ろから、小柄な女性が声をかけてきた。
地味なひとだ、というのが第一印象だった。眼鏡をかけ、飾り気のない黒髪を肩につくかつかないかまで伸ばしている。若いようにも、年をとっているようにも見える。不思議な人だ。
「は、離れの方で、な、何か、ありませんでしたか?」
女性はそういうと、さっと口を押えてマスクをし、小さく二、三度咳きこんだ。顔色があまりよくない。大丈夫かな……と心配になったそのとき、まるで私の心を読んだかのように「だ、大丈夫、です」と言われてしまった。野島社長とはまるで対照的な、小さな声だった。
「ああ、離れね」
女性の後を引き継ぐように、野島さんが話し始める。「どうです? いやぁ、おかしなもんですがね。開かずの離れなんて」
やっぱり工務店の人も、おかしなものだと思っているのだ。当然だろう。あんなふうに建てられたものを、当の家主も使うことができないなんて。
ところが野島さんは、私の疑問を押し込めるように、「まぁしかし、あれはあれで必要なもんですから」と大きな声でそう言った。
「庭の飾りだと思って、どうぞそのままになさってください。他にもね、もし何かありましたらご遠慮なく仰ってくださいね。お電話でも何でも結構ですから」
そう言いながら差し出してきた名刺を、私はたぶんとても怪訝な顔で受け取っただろう。
工務店の人が住み心地を訊きにくるのはまぁ、わかる。別に不審に思うほどのことではない。でも、あの奇妙な離れに関して、何の説明もしてくれないのは変だ。
それに――私は二人の顔を見た。この人たち、母屋より離れの方がよっぽど気になっているようなのだ。さっきから視線を庭の方にばかり向けている。特に女性の方は、視線で穴でも開けようとしているみたいに、じっと離れを見つめていた。この人も工務店の人だろうか? 名刺はもらってないけど……などと考えていたのをまた見透かしたように、
「き、
と、突然女性が名乗った。「鬼頭
そう言うなり、彼女はまた何度か咳をした。大袈裟だけど、それはなんだか命を吐き出しているような――そういう心配をしたくなるような咳こみ方だと思った。
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