06

 カーテンをめくった途端、目の前に現れた女の顔に悲鳴をあげそうになった。一呼吸おいてみればなんでもない、窓ガラスに映った自分の顔だ。

(びっくりした……馬鹿みたい。驚きすぎでしょ)

 せり出した下腹の辺りが、ぎゅっと痛くなった。なだめるようにその辺りを撫でながら、私は窓ガラスの向こうに目を凝らした。

 道路にある街灯の光が差し込むものの、広い庭を照らすには到底足りない。ぞっとするほど暗くて得体のしれない空間が広がるなか、それはすぐさま私の目を惹いた。

 離れだ。

 窓から光が漏れている。

(うそ、誰かいるの?)

 私は窓ガラスに顔をくっつけ、なおもそちらを眺めた。

 確か、離れの窓にはカーテンが引かれていたはずだ。だから中がどうなっているのかはわからない。でも、そのカーテンを透かして中の照明が漏れている――そんなふうに思った。

 暖色系の電灯。とっさに頭に浮かんだのはそれだった。あたたかみのある色で、リビングやダイニングの天井に取り付けられ、食事がより一層美味しそうに見えるような、そういう照明のように思えた。

 でも、それはおかしい。どうしてそんな光が「絶対に入ってはいけない」と言われた家の中から漏れているのか? あそこに住んでいる人がいるなんて聞いていない。そんな事情があったら、さすがに孝太郎から説明されるだろう。この土地の曰くよりも、よっぽど知るべき情報だ。

 見に行かなきゃ。

 とっさにそう思った。もしかしたら、離れの中に誰かが――侵入者がいるのかもしれない。だとしたら確認しなければ。絶対に入るなと言われたけれど、近くに行って外から様子を探る――くらいのことは、やってもいいのではないか。

 警察に通報することも考えたが、そこまで大袈裟にはしたくなかった。まだ引っ越してきたばかりだというのに、こんな夜中に、それも曰く付きの土地でパトカーを呼ぶなんてこと、しないに越したことはない。そんなことをしたら、近隣住民にどう思われるかわかったものではない。今後も一応、私たちはこの家でずっと暮らしていくつもりなのだ。

(やっぱり、警備会社と契約済ませておけばよかったかも。引っ越しが急だったからな……)

 なんて、今さらぐずぐず考えてもしかたがない。

 まずは一人で様子を見に行こう。夜中といっても自分の家の敷地内だし、玄関から離れまで大した距離があるわけじゃない。

 そう思って、いったんカーテンを閉めた。それから部屋を出ようとドアを開けたそのとき、いきなり下腹がぎゅーっと張った。

 強烈な痛みが襲ってきた。これまでに経験したことがない強い痛みだったので、私は声をあげてその場にうずくまってしまった。いつものとは比べ物にならない。

 お腹を抱えて唸っていると、階段を下りてくる足音がした。

「桃子!? すごい声しなかった?」

 孝太郎だった。さっきの私の声が聞こえたみたいだ。そうか、まず彼を呼びに向かうべきだったのだ。私は今さらそのことに思い至った。ほっとして泣きそうになったと同時に、安堵のためか痛みが和らいだ。

「孝太郎、離れに灯りが点いてる」

 私がそう言うと、孝太郎は顔をしかめた。

「あそこは誰も住んでないし、そもそも電気自体使えないはずだよ」

「でも光が漏れてるの」

 私はそう言いながら、部屋の窓を指さした。「あそこから離れが見えるでしょ。ちょっと見てみて」

 孝太郎は首を傾げながらも、私の部屋の中に入っていった。カーテンに手をかけ、深呼吸をひとつしてから、カーテンをぱっと勢いよく開いた。

「……どこ?」

 孝太郎が顔をしかめる。

 私は彼に、できる限りの速さで駆け寄った。ガラス越しに見る外は、気味が悪いほど暗かった。

 照明らしき光など、どこにもなかった。

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