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 なんで孝太郎じゃなくて私なのって、父に聞いてみたことがあった。

 父いわく、早和子は孝太郎よりも優秀だから。勉強ができてコミュニケーション能力があって、地声が大きくて健康で大柄で、どんなコミュニティに身を置いてもなんとかやっていける雑さとしぶとさがある。そんなことを言われたような気がする。

 母にも実は、一度だけ聞いたことがある。父に聞くよりも興味深く、そして尋ねにくかった。

 何しろあの人は私の実の母ではない。その血は一滴も受け継いでいない。でもこの質問には答えてくれて、私にはそれが、父の答えよりもずっと腑に落ちたのだ。

「あたしとお父さんは、息子を育てるのに失敗したの。なんで失敗したかって、まずあたしは自分のことが一番大事で、あの子を都合のいいときしか構ってなかったのね。お父さんは教育熱心ではあったけれど、孝太郎の弱いところを全く受け入れられない。自分の財産を減らさないための管理人を育ててるようにしか考えてなかった。そういう二人が、子供を上手に育てられるはずがないのよ。

 それでも孝太郎はね、むかしはあの子なりに両親を愛そうとしてたと思う。でももう手遅れだってことがわかるのよね。あの子、あの無害そうな顔の下で、まだ子供だっていうのにあたしたちのことを恨んでた。もうどうしようもないくらい恨まれてるってわかったから、あたしたちはよそから子供をもらってくるしかなかったの。だから孝太郎をほっぽりだして、代わりに早和子ちゃんを育て始めた。お父さんが主体的に動いて、あたしはそれに対して何も言わなかった。

 孝太郎はねぇ、あたしとお父さんのことが大嫌いなの。だから早和子ちゃん、お願いよ。あたしたちの面倒をちゃんとみてね。あたしたちの老後なんか、孝太郎が世話してくれるわけないんだから」


 酷い話だ。そう思った。

 孝太郎だけじゃない。私だって両親のことは好きじゃない。むしろ、嫌いだ。

 私をあからさまに嫌う孝太郎のことよりももっと、大嫌いだ。


 桃子ちゃんを車に乗せてあの家から出た後、行くあてがなくてしばらくウロウロと走った。大きな橋を渡って、いつのまにか高速に乗って、大きなサービスエリアでようやく車を停めた。

 後ろを向いて、ひとつ大きなため息をついた後、道中ずっと黙って窓の外を見つめていた桃子ちゃんに、ようやく話しかけた。

「ごめん。なんか、思ってもみないとこに来ちゃった……とりあえず、ご飯食べない?」

 そう言った途端、私のお腹がグニューっと鳴った。実際空腹だったのだ。桃子ちゃんがフフッと笑った。

「それはいいんですけど私、財布置いてきちゃいました」

「あー」

 そういえばそうだった。庭にいた桃子ちゃんをそのまま引っ張ってきたんだから、当たり前といえば当たり前だ。よく見たら桃子ちゃんは、いかにも部屋着っぽい毛玉のできたスウェットワンピース姿だし、メイクもしていない。もちろんバッグも持っていない。

「もちろん奢るよ。だって私が連れ出したんだもん、好きなもの食べて」

 私がそう言うと、桃子ちゃんは「じゃあお言葉に甘えます」と、ぺこっと頭を下げた。

 私たちは車を降りた。夜の空気が生ぬるい。もう初夏がそこまで迫っていた。

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