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 サービスエリアは大人になってから来るものだ、というイメージがある。要するに私は子供のころ、ほとんど遠出をする機会を持たなかったのだ。

 男の子を抱っこして急いでトイレに駆け込む男性を眺めながら、ふとそんなことを考えた。あの子は家族旅行の途中だろうか。これから家に帰るのだろうか。

「早和子さん、トイレ行きます?」

 桃子ちゃんが声をかけてきた。私は意味もなくトイレを注視していたことに気づいて、少し恥ずかしくなった。

「ううん、今はいいや。桃子ちゃんは?」

「私も大丈夫です」

 フードコートは色んなメニューが揃っていたけれど、食べ慣れないものに挑戦するほど元気ではない。桃子ちゃんも「知っている味のものがいい」というので、チェーン系ハンバーガーショップの定番メニューを二人分注文した。

 財布をバッグから出すときに初めて、バッグの中に入れておいたはずの人形がないことに気づいた。鬼頭さんからもらった、アニメのキャラクターのものだ。

 もしかしたら、あれが身代わりになってくれたのかもしれない――そう考えると、改めて背中がゾクゾクと寒くなった。

 トレイを持って席につくと、桃子ちゃんがテーブルを拭き終えたところだった。

 私たちはしばらく黙々と食事をした。こんなときだけど、美味しい。胃が動いて体が暖かくなり、大袈裟かもしれないけれど、自分の内で生命が燃えているという実感を覚えた。

「……生きててよかった」

 思わずぽろりと口から漏れた言葉は、テーブルの向かいに座っている桃子ちゃんにも届いたらしい。うなずくと、「私もです」と呟いた。痩せて、髪もぼさぼさだったけれど、血色がよくなって、ここ数日のうちでは一番美人に見えた。

「私、しばらくあの家から出てなくって」

 ハンバーガーを食べる合間に、桃子ちゃんは話し出した。

「買い物とか孝太郎が全部やってくれてたんです。そしたら私なんか外出する用事もないし、ずっとあそこにいたんですよね。そうすると昼間でも赤ちゃんの声が聞こえてきたりして、なんか……責任を感じました。あれは私の子なんだから、ほっといて家を出ていったら駄目だ、みたいな。でも合間に女の人の声も聞こえるようになって、ああ、その人が赤ちゃんをあやしててくれるんだなって。それはなんとなくわかりました」

「そう……」

「なんか、私がおかしいのかもしれないんですけど」

 桃子ちゃんはそう言って、私の顔からふっと目をそらした。

「私、亡くなった子がすごく可愛いとか、いとおしいとかはあまりなくって、とにかく自分の子供だからちゃんと世話しなきゃっていう、義務感っていうのかな――私があの子に一番感じていたのはそれでした。だからあやしてくれる人がいて、すごくほっとしてたんです。でも、全然泣き止まない日もあって」

 桃子ちゃんはそう言って首を振った。それからまた黙々と食べ始めた。私も食事に集中することにして――でも上手くできなかった。どうしても孝太郎のことが気になってしまう。

 今、孝太郎は何をしているんだろう? 「やることがある」とか言ってたけど、それって何なんだろう? それともあれは、私たちをあの場から遠ざけるための嘘にすぎなかったのかもしれない。放っておいて食事なんかしてるけど、本当にこれでいいのだろうか?

「お茶取ってきます」

 一足先に食べ終わった桃子ちゃんが、そう言って席を立った。「早和子さんもいります?」

「ああ、私大丈夫。ありがとう」

 桃子ちゃんは無料のサーバーから温かいお茶を紙コップに注ぎ、またすぐに戻ってきた。お茶を飲んで「あつっ」と顔をしかめ、ふーっと息を吐き、手元をじっと見つめた。それからようやく口を開いて、

「早和子さん、孝太郎に連絡とってみてもらっても――いいですか」

 と言った。

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