23

 フードコートを出た私と桃子ちゃんは、そのままサービスエリアの建物からも出て、人のいないところを探した。

 急に不安になってきた。心細くて、隣を歩く桃子ちゃんと手をつなぎたいくらいだった。でも私がしっかりしなきゃ駄目だと思って、わざとパンプスを鳴らして歩いた。歩道の端っこの植え込みの付近でようやく立ち止まり、「この辺でいいかな」と言ったとき、何か取返しのつかないことをしてしまったような気がした。

 いつの間にか、家を出てからもう三時間近く経っている。孝太郎は何をしているんだろう――私はスマートフォンを取り出し、弟の電話番号を呼び出した。

 一応連絡先を知ってはいたけれど、あまり役に立ったことはない。孝太郎は私からの連絡をスルーする。私のことが嫌いだから――でも、今日だけはなんとか繋がってほしかった。

 正直に言えば、このときの私は(孝太郎は死んだかもしれない)と思っていた。桃子ちゃんも両親も、もちろん私も見ていない場所で、ひとりぼっちで死んでしまったのかもしれない。なぜと言われればよくわからないけれど、そういうことをふっとやってしまいそうな雰囲気が、さっきの孝太郎には漂っていた。

 だから三回ほどコールした後、電話の向こうから『もしもし』という応答があったときは、安堵と驚きと喜びに似た何かとで、心臓が思いきり跳ねた。

「……もしもし、孝太郎?」

『そうだけど。姉さん?』

「そう。私」

 そう言ってから、これ以上何を言ったらいいのかわからないことに気づいた。安否がわかった、もうそれだけでいいんじゃないか――なんて思ってしまった。そのとき孝太郎が、

『ちょうどよかった、姉さんに連絡しようと思ってたんだよ』

 と、驚くようなことを言った。

「私に? 孝太郎が?」

『そうだよ。ほかにいないでしょ』

 そう言って、受話器の向こうで少し笑う。

 これは本当にあの孝太郎だろうか? 彼が今どんな顔をしているのか――いつもの仏頂面なのか、それとも嬉しそうだったり、悲しそうだったりするのか。音声電話だからわからない。

 桃子ちゃんが私の腕をつついた。私はスマートフォンを耳に当てたまま、「孝太郎、出たよ」と小声で言った。そのとき受話器の向こうから『桃子、いるの?』という声がした。

「いるよ。替わろうか?」

『いや、いい。むしろちょっと、姉さんとだけ話したい』

 桃子ちゃんにも、その声が聞こえたらしい。「私、ちょっと建物の中に入ってます」と言うので、とっさに財布から千円札を出して「コーヒーでも飲んでて」と渡した。長い話になるかもしれない、という予感があった。

 桃子ちゃんは察しがいい。こういうときだけは遠慮せずにお金を受け取り、ぺこっと頭を下げて建物の方に戻っていった。私はその後ろ姿を見送りながら、「桃子ちゃん、もう近くにいないよ」と話しかけた。

『ありがとう。実は姉さんに頼みたいことがあってさ……その前にちょっと、聞いてほしい話があるんだけど』

「なに?」

『あの離れに入る方法、わかったんだよ』


 そうか、だから孝太郎は急に実家に顔を出さなくなったのだ――と、すとんと腑に落ちた。離れに入る方法がわかったから、実家を探る必要がなくなったのだ。

 それと同時に、やっぱり電話じゃなくて、顔を見て話せばよかった、と思った。このとき孝太郎がどんな顔をしていたのか、ちゃんと見ていればよかった。

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