07

 画面を見ると、通話アプリの通知がポップアップしている。音声通話――それも、桃子ちゃんだ。

 こんな時間にどうしたんだろうと思いながら、とにかく画面をタップした。仕事関係だと思ったのだろう、達彦が(大変だね)という顔をしながら部屋の外に出ていった。

「もしもし?」

『もしもし早和子さん、聞こえます?』

 やっぱり桃子ちゃんだよね、と思いながら耳をすませた。

「桃子ちゃん? 聞こえるけど、何? どうかしたの?」

『えーとですね』

 桃子ちゃんの声は焦っているとか、困っているような感じではない。それだけにわけがわからなかった。さしたる理由もなくこんな時間に電話をかけてくるなんて、まったく桃子ちゃんらしくないと思った。

『私の声じゃなくて、ほかに何か、聞こえます?』

 桃子ちゃんはゆっくり、確かめるように喋った。

「ほかに何か?」

『そうです。人の声とか』

 そう言った彼女の声のあとに、女性の「ふっふふふ」という笑い声が続いた。

 突然、冷たい手で背中をなでられるような感覚が襲った。あやうくスマートフォンを落とすところだった。

 こんな声の人、少なくとも私は知らない。

「なに? だれかいるの?」

 厭な感じがした。なぜかわからないけれど、「聞こえた」と素直に教えてはいけないような気がする。

 桃子ちゃんは向こうで沈黙している。

「ちょっと、どうしたの? 桃ちゃん!?」

 心配になって大きな声をあげたとき、

『いますよ』

 と、声が聞こえた。

「いるの? 誰? こんな時間に」

『やっぱり聞こえてる』

 桃子ちゃんの声じゃない。

「あっ……」

 思わず声がもれた。電話の向こうでまた押し殺すような女の笑い声がした。

『聞こえました? 聞こえましたよねぇ』

 今度は桃子ちゃんの声――だと、思う。そのはずだ。でも、雰囲気がいつもと違う。

『やっぱり早和子さんだ。縁ってこんなことでつながっちゃうんですね』

「さっきから何? 何の話?」

『早和子さん、またうちに来てくれますよね? 明日とかどうですか?』

「ねぇ……」

 スマートフォンを持つ手が震えた。聞こえる。

 いつのまにか電話の向こうで、子供が走り回っている。

 何人か集まって、賑やかに喋っている女性たちがいる。

 男の人の声も聞こえる。

 赤ちゃんが泣いている。

『待ってますから』

 そう言い残して、通話が切れた。

 わたしは手の中のスマートフォンをいつまでも眺めていた。背中に冷たい汗をびっしょりかいていた。


 どうしよう。

 弟たちの家で何かが起こっている。でもそれは、私なんかの手におえるものじゃない――とにかくそれだけは確信していた。

 どうしたらいいんだろう? 誰かこういう時に頼れそうな人がいただろうか? まるで心当たりがない。こういうのは拝み屋とか、霊能者とか、そういう人に相談すべきなんじゃないだろうか? そんな知り合い、心当たりがない。

 迷った末、私は実家に電話をかけることにした。夜更けに突然電話するくらい、許してもらえるだろう。あれでも一応、私の実家なのだから。

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