03

「どういうこと?」

 思わずケンカ腰みたいな聞き方になってしまった。孝太郎は肩をすくめてちょっとだけ小さくなる。これだからこの人は――私は一呼吸ついて、もう一度話し始めた。

「ごめん。怒ったとかじゃなくて、びっくりしただけだから。それって、火事の前にも誰か亡くなってるってこと?」

 そう聞き直すと、孝太郎は「そういうことらしい」と答えてうなずいた。

「別に不審な亡くなり方じゃなくて、自然死だったらしいよ。こういうこと、桃子に話すかどうか正直迷ったんだけど……でもこの家、色々あったんで近所では有名なんだって。だから俺や両親が黙ってても、この手の話はどうせ耳に入っちゃうだろうと思ったんだ」

 不意討ちで耳にしてしまうくらいなら、前もって教えておいた方がいいだろう、ということらしい。まぁ、わかる。不意討ちよりは若干マシだと思う。

 でも今はもう、こういう話を聞きたくなかった。ストレスを感じ始めたせいか、お腹が張って硬くなっている。この話に続きがあるとしても、それを語るのはまた後日ということにしてほしい。

「とにかく、人が何人も亡くなった場所だってことね」

 乱暴に要約して、話を終わらせることにした。

「そんな土地に家建ててやるから住めって――孝太郎には悪いけど、お義父さんたち何考えてるの? やっぱり」

 私のことが嫌いなんだよね、と言いかけて、寸前でやめた。そんなこと、孝太郎だってとっくにわかっているのだ。むしろ、私よりもよく理解しているだろう。

 家柄も財産もない、頼るべき実家や両親もいない私みたいな女を、あの義両親が気に入るはずがないってことは、もう何度も二人で話し合ったはずだった。面倒なこともあれば、イヤな思いもするだろう。それでも結局私たちは、結婚すると決めたのだ。

「――そもそも両親は、俺のことがあんまり好きじゃないんだと思うよ。桃子のことはたぶん、輪をかけてどうでもいいと思ってる」

 孝太郎はそう言った。いつもより格段に暗い声だった。

「でも、だからと言って俺たちに、狭い家とか古いマンションとか、そういうところには住んでほしくないんだよ。息子夫婦がそういうところに住んでると、自分たちの面子が潰れると思ってるからね。だから一応、それなりの家は建ててくれたってこと。最低限の値段でね」

「お金をケチッて、事故物件の土地を買ったわけか」

「そういうこと」

 だったら干渉してこなきゃいいのに。そうぼやくと、孝太郎は諦めたように少し笑った。


 ――そういう話を先日、孝太郎とした。そのときのことを思い出しながら、改めて建物や庭を見渡してみる。

 やっぱり見るからに立派すぎる。分不相応だ。ここでいくら人が亡くなったといっても、当時の建物が残っているわけじゃない。今この土地に建っているのは、出来立てでピカピカの二階建てで、いくら見ても「怖い」とは感じられない。

「そうだ、桃子。不動産業者に言われてたことがあるんだけど」

 孝太郎はそう言いながら、庭にある離れらしき建物を指さした。「あの建物には、絶対に入っちゃ駄目だって」

「は?」

 私は驚いて孝太郎の方を見た。孝太郎はまた、気まずそうな顔をしていた。

「何で? だって、自分ちの敷地内だよ?」

「俺にもよくわからないけど、とにかくそうしろって」

 意味がわからない。私は改めて離れを見た。こじんまりとして居心地のよさそうな、平屋の一軒家にしか見えなかった。

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