02

 頬に冷たい風が当たる。春はまだ少し先だ。私は目の前の新居を見上げながら、ほんの数日前に聞いた話を思い出していた。


 この土地のいわくを私に教えてくれたのは孝太郎だった。彼は義両親から、義両親は不動産業者から――と又聞きに又聞きを経たものだ。

「おやじが言ってたけど、その不動産業者、妙におしゃべりだったらしいよ」

 孝太郎は怪訝な顔でそう言った。いかにも「苦労しらずの坊ちゃん」みたいな和やかな童顔が、このときはやけに影があるように見えた。

 普通、扱っている土地で「人が亡くなった」なんて、売る方は内緒にしそうなものだ。ただし、この土地についてはその限りではなかったらしい。

「どうせ近所の人は色々知ってるし、絶対に耳に入ってくるはずだからって、洗いざらい喋ってくれたらしいよ」

 孝太郎の話を聞きながら、私は胸の奥がどんどん暗く、重くなっていくのを感じていた。

 この土地で亡くなった人は、一人ではなかった。

 まず私たちの新居がここに建つ前――つまりこの土地が売りに出される前は、もっと大きな家が建っていたらしい。それこそ「お屋敷」という言葉がぴったり当てはまるような建物だったようだ。今あの離れが建っている場所も、元々は家屋の一部だったのだという。

 その立派なお屋敷が取り壊された原因は、火事だった。屋敷の半分が焼け、到底住めたものではなくなったために、すべて取り壊して更地にしたという。その火事のときに、住人がふたり亡くなっている。一人は火事に巻き込まれ、大やけどを負って命を落とした。ところがもう一人は――

「自然死だったらしい。火元から離れた部屋で、心臓が急に止まったみたいな死に方だったって」

 孝太郎はそう言いながら、ますます顔をしかめていった。

「何それ……たまたま?」

「たまたまとしか言いようがないらしい。自然死した人ってのは、三十代か四十代か……とにかくまだ若くて、近所の人から見れば健康そうに見えてたんだって」

 なのにその人は火事が起こったとき、火事とはまるでかけ離れた死に方をした。人が亡くなっているのにこんなことを言っては何だけど、もう一人の「火傷を負って亡くなった」という話は腑に落ちる。火事に巻き込まれた人の死因としてイメージできるし、納得がいく。だが「同じタイミングでたまたま自然死を遂げた」というのは――絶対にありえないとは言えないけれど、変だ。

「火事がよっぽどショックだったのかな……」

 私が当てずっぽうで呟くと、孝太郎は何も言わずに首を傾げた。若くて健康な人が、そんなことであっさり亡くなるものだろうか? なんだか不自然に思える。

 孝太郎は、首を傾げたまま話を続けた。

「さらにその火事の後、取り壊される直前の建物の中で、もう一人亡くなってるんだって」

「はぁ?」

「この人は自殺らしい」

「はぁ……」

 ため息みたいな声しか出なかった。

 三人ものひとが一ヵ所で、それも短期間のうちに不慮の死を遂げている。その場所に今度は自分たちが住むのかと思うと、背筋が冷たくなった。

 私は、幽霊だのオカルトだのは信じていないつもりだ。それでもこんな話を聞いてしまえば、どうしたって悪い意味で気になってしまう。

 不安な気持ちが顔に出ていたのか、孝太郎が心配そうに「大丈夫?」と尋ねてきた。

「大丈夫っていうか――なんかすごい話だね」

「だよね……でも実はその」

 孝太郎は言いにくそうに「これだけじゃないんだって」と続けた。

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