尾八原ジュージ

庭の広い家

01

 初めて訪れたとき、やけに庭の広い家だ、と思った。


 私たちが住むことになったその家は二階建ての一軒家で、夫とこれから産まれてくる子供のことを考えても、十分な広さがありそうだった。内心(さすが金持ち)と思ったのはここだけの話だ。義実家は資産家なのだった。

 家屋もそれなりに大きいが、ぱっと目を引くのはやっぱり庭の広さだ。見た感じ、家の1.5倍はあるだろう。姿のいい植木や煉瓦造りの花壇、大きめの自家用車を、余裕で二台は停められそうなカーポート。周囲はぐるりと生垣に囲まれ、目隠しもばっちりだ。

 おまけにその中ほどに、小さな家がひとつ、ぽつんと建っていた。物置という感じではない。「離れ」と言った方がいいだろう。

「どう? 桃子」

 夫の孝太郎が、不安そうに私の顔を覗き込んできた。

「いい家じゃない。すごく」

 私はそう答えながら、若干の不快感をかみ殺していた。「他人に建ててもらった家に住む」というのがどういうことか、果たして彼に想像できるのだろうか。お金を出してくれたのは、孝太郎にとっては実の両親でも、私にとっては他人だ。

「庭がすごく広いね。お手入れが大変そう」

「俺がやるよ。桃子はそのお腹だし」

「ほんと、これじゃね」

 私は大きくせり出した腹部を撫でた。妊娠八か月、他の妊婦さんと比べても大きな方だと思う。階段の昇降も、椅子に座ることすら一苦労だ。

「植木の方は定期的にプロに頼むし、草むしりくらいなら俺でもなんとかなるだろ」

「プロねぇ」

 確かにプロに頼まなければ、この庭の手入れは難しいだろう。とはいえここにも心理的なハードルがある。私は心の中で(それっていくらかかるんだろう)と考える。孝太郎の年収は決して低くはないが、特別高くもない。同年代の平均より少し上、という程度だ。

 私は妊娠中の体調不良が重なって、仕事を辞めなければならなくなった。再就職の見込みは立っていないし、そもそも赤ちゃんが産まれるのだからそれどころではない。我が家の世帯年収はさほど高くはなく、一方で出費は増えるだろう。つまり、庭のお手入れ代も、義実家から出してもらうことになる可能性が高い。

 庭だけではない。家が広くなった分、これまで住んでいたマンションよりも光熱費は上がるはずだ。修繕費などのメンテナンス代もばかにならない。要するにこの家は、私たちにとっては分不相応な物件なのだ。

「――桃子、またお金のこと考えてるでしょ」

 孝太郎にそう言い当てられて、私の肩が思わず震えた。それにも気づいた夫は「まぁ、苦労したもんね」と苦笑いをする。

「だって、すごいところじゃない?」

 私はそう言いながら、あちこちを確認するように指をさした。「家はピカピカだし、立地もいいし。庭だってちょっとした公園くらいあるんじゃないの? カーポートも離れもついてるし」

 よくない癖とは思いつつ、ついため息が出てしまった。新居を前にして、こんなに胸が弾まないことがあるだろうか。こんなところに住んで、本当に私たちは幸せになれるのか――

「……いくらここで人が死んだからって、豪華すぎないかな」

 私がそう呟くと、孝太郎は「あはは」とおざなりに笑った。

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