13
何度目かの息を吐いたとき、コンコン、とドアをノックされた。
「桃子ー?」
孝太郎の声がした。「大丈夫?」
わざわざ呼びに来られるほど時間が経っていたのか。
心臓がやけにドキドキしている。疚しいというほどのことをしたわけじゃないのに。
「大丈夫。なに?」
平静を装って返した。さっきの写真のことは忘れてしまおう。
ドアの向こうで孝太郎の声が応える。
「いや、妙に静かだからどうしたのかと思って。部屋の中で倒れてたりしたら困るからさ」
「ああ、全然そういうのじゃないの。大丈夫」
嘘をついたことに罪悪感を覚えた。たぶん孝太郎は、妊娠初期の一番体調が悪かった時期を思い出してくれたのだと思う。止むを得ず退職しなければならなくなり、そうなってしまったことが情けないような悔しいような気分になって、一日中泣いていた頃があった。これ以上心配をかけるのはよくない。
私が部屋を出ると、すぐ外で待っていた孝太郎は、露骨にほっとした顔をした。
「探し物、あった?」
「ああ、うん……春物のコートがまだ着れたかなと思って。大丈夫だった」
「そっか。じゃあよかった。お茶飲む? 沸かしたから」
ふたりでリビングに戻ろうとしたそのとき、孝太郎がぽつりと言った。
「姉さんに連絡してたのかと思った」
それ以外のことは言わなかったから、私も聞かなかった。
やっぱり、あまり早和子さんのことを話題に出さないようにしよう。
このときそう思った。
孝太郎は、大事なものを全部彼女にとられるんじゃないかと心配しながら、今日までずっと生きてきたのだ。たぶん、これからもそうやって生きていかなければならないのだろう。
日曜日の午後は緩慢に過ぎた。
「明日、俺は仕事だけど大丈夫?」
孝太郎は何度もそう言った。
明日仕事だなんて、そんなことは当然わかっている。わかっていていちいち尋ねるのだ。
孝太郎は、この家に私を一人残していくことを心配している。ひどいつわりは治まったけれど、決して体調が万全とは言えない。自然と家に籠もることになるはずだ。
明日、私はこの曰く付きの家で、日中とはいえ数時間、ひとりきりで過ごさなければならない。
そのことに、まったく不安がないとはいえない。でも、仕方のないことだ。
若干の緊張と共に夜を迎えた。一緒に寝たほうがいいんじゃないかと思いながら、昨日と同様、別々の部屋で寝ることになった。
部屋の電気を消したとき、やっぱり一緒にいたほうがよかったのかもしれない、という後悔を覚えた。でも疲れていたのか、眠気は案外すぐにやってきた。
夢を見た。私は現実と同じように一人でこの部屋の中にいる。そして、部屋のドアを誰かが叩いている。
「孝太郎?」
声をかけても返事はない。
ドアの方を見た。きちんと閉めたはずなのに、いつのまにか半開きになっている。そしてその隙間から、顔のない子供がこちらを見ている。
そこで夢から覚めた。
音はまだ続いている。
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