12

「どうかした?」

 そう孝太郎に聞かれるくらいには、私の動揺は顔に出たのだろう。そのときはとても冷静ではいられなくて、だからどうしてそんなことをしたのかと問われれば「とっさに」としか言いようがない。

 そのとき私はスマートフォンをポケットにしまい、「なんでもない」と孝太郎に告げた。

「ていうか、あのさ、さっき早和子さんから電話があって」

 そう言うと、孝太郎の顔からすっと表情が消えた。私はこの顔が嫌いだ。見るたびに心臓のあたりがヒヤッとなるような心地がする。でも今、孝太郎の注意をそらすには、早和子さんのことはうってつけの話題だと思った。

「姉さん、なんだって?」

「あの、新築祝いを贈りたいけど、何がいいかって」

「なんだ。変な気遣わなくていいのに」

 平静さをむりやり貼り付けたような声で、孝太郎が言う。「うちだって別に、姉さんが引っ越したときにお祝い贈ったりしてないのに」

「今回は持ち家だからじゃない?」

 たぶん、彼女もいずれ家を所有することになるだろうが、それは本格的に家業を継ぐときだろう。

「どうしてもっていうんだったら、食べ物がいいんじゃない? あとに残らなくて」

 孝太郎が言った。話している内容はあくまでも穏当だ。でも声にはとってつけたような平静さが貼りついたままだし、顔にはまだ表情が戻らない。

「ああ、そうね。いいかも」

「桃子が食べたいものでいいからさ」

 話を切り上げて、ようやく孝太郎の顔に人間らしい温度が戻ってくる。ああ、よかった。私は安堵する。ずっとこのままだったらどうしよう、と思ってしまうのだ。それがいつも嫌だった。義姉の話になるといつもこうだ。

 でも、今だけはそれに救われたと思う。こんなことでもなければ、私はさっき撮れた写真のことで頭がいっぱいになってしまっただろう。

 私は離れの方――大きめの窓がふたつある方をちらりと見た。なんの変哲もない、内側にも何もない、ただの窓に見えた。


「ちょっと探し物してくる」

 そう言って個室に戻ってから、私はさっき撮った写真を確認した。

 離れの写真は二枚。最初に玄関を撮ったもの。そして、その横の大きな窓を撮ったもの。問題は二枚目の方だった。

(これ、なかったよね……)

 ふたつ並んだ大き目の窓。その向かって左側の方に、おかしなものが写っていた。全体に模様が入ったガラスだから、向こう側にあるものはぼやけてはっきりとは見えない。それでもそれは、私の目には「人の頭」に見えた。

 ぼんやりとしか見えないが、黒と肌色の丸いものが、窓ガラスのすぐ向こうにある。

 誰かが窓から顔だけ出して、外を覗いている。そんな風に見えてしかたがなかった。仮に人の頭だとして、この大きさは大人にしてはかなり小さい。位置もずいぶん低いようだ。

(子供……)

 肩まで髪を伸ばした小さな子が、窓の向こうからこちらを見ている。

 そんなふうに見えた。

 あの離れは無人で、鍵すらもなくて、誰も住んでなんかいないはずなのに。

 どうして人影なんかが写り込むだろう。

(たぶん何か反射したとか……そういうことでしょ)

 こんな風に反射するものなんか、少なくとも庭にはなかったはず――自分の理性がそう告げていたけれど、私は無視した。写真を削除すると画像フォルダを閉じ、ゆっくりした呼吸を何度か繰り返して、むりやり心を落ち着かせようとした。

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