16

 昨日の夜楽しそうに笑っていたのが嘘だったみたいに、桃子さんは暗い顔で黙りこくって、ずっとリビングの二人がけのソファの上でひざを抱えている。何か考えているのかいないのか、それすらわからないのがわたしをハラハラさせた。

 孝太郎さんは同じソファ、桃子さんの隣に黙って座っていて、わたしは落ち着かなかった。とりあえず昨日の宴会の跡を片付けてしまって、ほかの部屋の掃除でもしてこようかな……とトイレやバスルームに行くけれど、やっぱり一緒にいた方がいいのかなとも思ってソワソワしてしまう。どのみち毎日のように自宅よりも丁寧な「お掃除」をしているから、時間をかけるほど汚れていないのだった。庭に出ようかとも思ったけれど、今みたいな精神状態のときにあの女性に会ったら、悲鳴をあげてしまうような気がする。

 わたしはリビングに戻った。何もしないと気詰まりだ。コーヒーを淹れてテーブルに運ぶと、孝太郎さんは「ありがとう」と言って二つとも受け取ってくれた。

 ここは彼の家なのに、妙に肩身の狭そうな顔をするんだな、と思った。よくよく考えてみれば、わたしは孝太郎さんの話を聞いた記憶があまりない。そもそも苦手ということもあるけれど、彼は自分のことをあまり話さない。静かでおとなしくて、黙って人の話を聞いていることが多い気がする。早和子さんと同じでいとこ同士なのにな――などと考えていると、

「奈緒ちゃんが来てくれて助かってるよ。ほんと」

 と話しかけられた。

「そ、そう? 役に立ってるならいいんだけど……わたしこそ、仕事なかったから助かった」

「いやいや、こちらこそ助かってる。俺が仕事に行かないわけにいかないからさ。ありがとう」

「いやぁ……」

 わたしはあいまいに笑った。やっぱりどこか苦手だ。孝太郎さんのことは、なんとなく怖い。

(そういえば孝太郎さん、実家とは全然関係ない仕事してるんだっけ)

 急に思い出した。伯父は会社は早和子さんに任せて、孝太郎さんのことはほとんど放っておいているらしい。長男がどうこうみたいなことには拘らないんだな、と意外に感じたことを覚えている。早和子さんとは血の繋がりがない伯母も、何か意見をするわけでもなく、伯父の方針に従っているらしい。

(やっぱ変な一家なんだよなぁ、なんかさ)

 一見嵌っているようで実はちゃんと噛み合っていないパズルのピースみたいな、そういう座りの悪さを感じてしまう。そのとき、

「奈緒ちゃん」

 また急に、孝太郎さんから声をかけられた。

「はいっ?」

「いや、ごめんね。変なこと聞くんだけどさ。奈緒ちゃん、この家で何か変なもの見たり聞いたりした? いや、昨夜色々あったみたいだけど、それ以外で」

「この家で、ってこと?」

「遠慮しなくていいよ。ここが有名な幽霊屋敷の跡地で、色んな曰く付きの場所だってことは、俺もちゃんと知ってるから」

 孝太郎さんはそう言って笑ったけれど、いかにも無理をしているような笑い方だった。どのみち、黙っていてもあまり意味はないだろう。わたしは庭で見かける女性のことを話した。

 孝太郎さんは否定も疑いもせず、時々うなずきながらわたしの話を聞いた。

「――その人、前にこの家に住んでた人かもね」

 話し終えると、孝太郎さんが言った。「断言はできないけど、前建ってた家が焼けたときに亡くなった女性のような気がする」

 詳しいんだね――と言いかけて、やめた。あまり突っ込まない方がいいような気がしたのだ。でも、もやもやした気持ちだけは残った。

 孝太郎さん、この土地のことをどこまで調べてるんだろう?

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