15

 ノックの音も、ガラスを叩く音もしなくなった。不気味なほど静かだ――と、テレビの画像が元に戻った。同時に、賑やかな音が部屋中に満ちていく。

(なに? テレビ止まってたのが直っちゃった――どういうこと?)

 これが牽制になるということなんだろうか? わたしは桃子さんと顔を見合わせた。

 電話の向こうでは少しの間沈黙が続いていた。森宮という男性は何をしているんだろう? そもそもこの人は一体何者なんだろう――と考えていると、

『ああ、出てきとるなぁ。雅美さんが仰ったとったとおりじゃ』

 電話の向こうで、森宮さんがそう言った。雅美さんって誰だっけ? 鬼頭さんの下の名前か――と、ようやくそこで鬼頭さんが、「なんとかできそうな人に頼んでみる」と言っていたのを思い出す。じゃあこの森宮さんという人がその「なんとかできそうな人」なんだろうか。

「森宮さんって、拝み屋さんなんですか?」

 桃子さんが尋ねる。スマートフォンの向こうから『そうじゃなぁ』と声が聴こえる。『そういう類のもんですよ。今夜はもう窓の外を見ないように。特に朝になって明るくなるまで、外に出ないようにしてくださいよ。なんにも気づかないようなふりして。今は俺がしゃべっとるけぇ、まだ静かじゃ。でももしまたまずいなと思うようなことがあれば、この番号にかけ直してきてください。では』

 そう言うと、森宮さんは自分から電話を切った。 

 桃子さんは手の中に持ったスマートフォンをじっと見つめていたが、急に「奈緒さん」と話しかけてきた。

「さっきさ、赤ちゃんの声とか……ううん、やっぱりいい。とにかく外に出ちゃ駄目なんだね。カーテンを開けるのも駄目」

 桃子さんは確認するようにぶつぶつと呟き、それからふと黙った。わたしには、その様子がなんだか不穏に思えた。


 その夜、怪しい物音はもう聞こえなかった。

 わたしと桃子さんは、リビングに布団を持ち込んで眠った。

 何か怖い夢を見たような気がするけれど、よく覚えていない。朝が来るのがひたすら待ち遠しかった。


 相変わらず顔色のよくない孝太郎さんが帰ってきたのは、朝の七時くらいのことだった。もちろん、もう朝日はしっかりと上がっている。

「お疲れ様でした。ごめんね、こんなこと頼んで」

 そう言って、孝太郎さんはしきりに恐縮する。

 昨夜のことについて、孝太郎さんに話した方がいいだろうか。そう思って桃子さんを見ると、彼女はどこかぼんやりした様子で「助かったよ。奈緒さんがいてくれて」と言った。

「それから拝み屋さんから電話がかかってきた。びっくりしたけど……」

 大体桃子さんが話してくれるらしい。ならわたしはもう帰っても大丈夫だろうか――そう思って立ち去ろうとすると、桃子さんに「奈緒さん」と呼び止められた。

「……もうちょっといてもらってもいい? なんか不安で」

 そう言われてしまうと、留まるしかないと思った。

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