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 最初は気のせいかと思った。それか、全然関係ない何かの音。テレビの音かもしれない。でももう二回ほど同じ音がコン、コンと聞こえて、わたしは突然(ノックの音だ)と直感した。スピーカーから出る音とは異質だ。今ここで鳴っている。

 視線が泳いで掃き出し窓の方に向かう。

 コン

 もう一度聞こえた。

 急に辺りが静かになった。海外ドラマを流していたテレビの画像が止まっている。わたしを見た桃子さんが「止めてないよ」と首を振った。

 コン、コン、コン

 音の間隔が短くなる。

 わたしは立ち上がった。後になって思えばよくそうしたものだと思う。このときは勇気があったというより、なにが起こっているのか、よくわからないのが怖かった。

 掃き出し窓に近づくごとに、音は大きくなるような気がする。

 わたしはカーテンに手をかけた。この外に何かいるのだろうか? そう考えると掌にいやな汗がにじむ。

 この目で実際に確かめたら、カーテンの向こうにあるのはつまらないものかもしれない。風で飛んできたゴミが窓の近くで揺れてるとか、野良猫が入り込んでいるとか、そんなことかもしれない。そんなことならどんなにいいだろう。

 コン、コン、コンコンコンコンコンコン

 ノックが速くなる。突然、

(早く開けてって言われてるんだ)

 恐怖を押しのけるように、焦りが生まれた。

 わたしは急かされるようにカーテンに手をかけた。後ろで桃子さんが立ち上がる気配がした。

「奈緒さん」

 わたしを止めようとしたのかもしれない。でももう手が動いて、わたしはカーテンを引こうとしていた。そのとき、ブゥンという低い音が部屋中に響いた。

「ひゃっ」

 驚いて飛び退くと同時に、カーテンから手が離れた。

 テーブルの上に置かれていた桃子さんのスマートフォンが震えていた。さっきやけに大きな音に聞こえたのは何だったんだろう――と言いたくなるほど、それは日常的でさりげない現象だった。

 すがりつくようにスマートフォンを取り上げた桃子さんが「知らない番号」と呟く。

「08……固定電話だ。こんな時間に……」

 そのとき、掃き出し窓がバン! と音を立てて震えた。

 ノックをしていたものが、苛立って窓ガラスを叩いたように、わたしには聞こえた。

「……もしもし?」

 桃子さんの声がした。さっきの電話に出たらしい。

「……はい、はい……それ、スピーカーにしろってことですか?」

 怪訝な声でそう言いながら、スマートフォンを操作する。電話の向こうから声が聞こえてきた。男性――たぶん、年配の人だ。

『ああ、それです。どうもありがとう。驚かせて申し訳ないね。急ぎの様子じゃったけぇ、鬼頭さんから勝手に番号をお聞きしました。こちらがねじ込んで聞き出したけぇ、鬼頭さんを責めたりなさらんようにね』

 宥めるように話しかけてくる。

 電話に気を取られている間に、ノックの音は聞こえなくなっていた。わたしは後ずさりするようにして、桃子さんのところに戻った。

『ちゃんと対処したのと違いますよ』と、電話の声は続けた。『ただ我々のようなもんが電話をかけたりすると、牽制になるけぇね』

「鬼頭さんの知り合いなんですか?」

 桃子さんが尋ねる。電話の向こうから『ああ、名乗るのが遅れまして申し訳ない』と、おおらかな声が応えた。

『森宮詠一郎と申します。鬼頭さんとはお母様の代からの知り合いで』

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