14
最初は気のせいかと思った。それか、全然関係ない何かの音。テレビの音かもしれない。でももう二回ほど同じ音がコン、コンと聞こえて、わたしは突然(ノックの音だ)と直感した。スピーカーから出る音とは異質だ。今ここで鳴っている。
視線が泳いで掃き出し窓の方に向かう。
コン
もう一度聞こえた。
急に辺りが静かになった。海外ドラマを流していたテレビの画像が止まっている。わたしを見た桃子さんが「止めてないよ」と首を振った。
コン、コン、コン
音の間隔が短くなる。
わたしは立ち上がった。後になって思えばよくそうしたものだと思う。このときは勇気があったというより、なにが起こっているのか、よくわからないのが怖かった。
掃き出し窓に近づくごとに、音は大きくなるような気がする。
わたしはカーテンに手をかけた。この外に何かいるのだろうか? そう考えると掌にいやな汗がにじむ。
この目で実際に確かめたら、カーテンの向こうにあるのはつまらないものかもしれない。風で飛んできたゴミが窓の近くで揺れてるとか、野良猫が入り込んでいるとか、そんなことかもしれない。そんなことならどんなにいいだろう。
コン、コン、コンコンコンコンコンコン
ノックが速くなる。突然、
(早く開けてって言われてるんだ)
恐怖を押しのけるように、焦りが生まれた。
わたしは急かされるようにカーテンに手をかけた。後ろで桃子さんが立ち上がる気配がした。
「奈緒さん」
わたしを止めようとしたのかもしれない。でももう手が動いて、わたしはカーテンを引こうとしていた。そのとき、ブゥンという低い音が部屋中に響いた。
「ひゃっ」
驚いて飛び退くと同時に、カーテンから手が離れた。
テーブルの上に置かれていた桃子さんのスマートフォンが震えていた。さっきやけに大きな音に聞こえたのは何だったんだろう――と言いたくなるほど、それは日常的でさりげない現象だった。
すがりつくようにスマートフォンを取り上げた桃子さんが「知らない番号」と呟く。
「08……固定電話だ。こんな時間に……」
そのとき、掃き出し窓がバン! と音を立てて震えた。
ノックをしていたものが、苛立って窓ガラスを叩いたように、わたしには聞こえた。
「……もしもし?」
桃子さんの声がした。さっきの電話に出たらしい。
「……はい、はい……それ、スピーカーにしろってことですか?」
怪訝な声でそう言いながら、スマートフォンを操作する。電話の向こうから声が聞こえてきた。男性――たぶん、年配の人だ。
『ああ、それです。どうもありがとう。驚かせて申し訳ないね。急ぎの様子じゃったけぇ、鬼頭さんから勝手に番号をお聞きしました。こちらがねじ込んで聞き出したけぇ、鬼頭さんを責めたりなさらんようにね』
宥めるように話しかけてくる。
電話に気を取られている間に、ノックの音は聞こえなくなっていた。わたしは後ずさりするようにして、桃子さんのところに戻った。
『ちゃんと対処したのと違いますよ』と、電話の声は続けた。『ただ我々のようなもんが電話をかけたりすると、牽制になるけぇね』
「鬼頭さんの知り合いなんですか?」
桃子さんが尋ねる。電話の向こうから『ああ、名乗るのが遅れまして申し訳ない』と、おおらかな声が応えた。
『森宮詠一郎と申します。鬼頭さんとはお母様の代からの知り合いで』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます