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 テレビの中で笑い声が弾けて、空々しくリビングの中に散った。

「私、さっき赤ちゃんの声が聞こえたから廊下に出たんだ。そしたら奈緒さんが固まってたの」

 聞こえなかった? と桃子さんにもう一度聞かれて、ようやくまだ何も答えていないことを思い出した。

「……聞こえなかったです」

「そうなんだ。なんか、相性かもね。見えたり聞こえたりするのも」

 桃子さんは、当たり前みたいにそう言った。何かが起こっているらしい――そのこと自体を否定しなかった。ソファの上で膝を抱えて座り、冷めた顔で「私さ」と続けた。

「子供とかほんとは苦手で、でも自分の子供はかわいいって聞くから、産んだら私もそうなるかと思ってた。実際は死産だったけど……でも顔は見たよ。女の子だった。ちゃんと人間の形してた。火葬して、ほんのちょっとだけ残ったお骨をまだ手元に持ってる。でもさ、なんかピンと来なくて。結局かわいいなぁって、あんまり思ってあげられなかった」

 あんま泣けてもないし。そう言いながら、桃子さんはテーブルの上のチューハイ缶に手を伸ばして、一口飲んだ。

「私も孝太郎もあんまり仲いい家庭で育った人間じゃなかったから、そこから離れて、自分たちだけでちゃんと家族を作ろうと思ったんだ。憧れなんだよね、あたたかい家庭みたいなやつ……でもわかんない。できるのかな? もし子供が無事に産まれてたら、私たち、仲良し家族を実現できてたのかな? あんまり自信ないかも。だいたい私のなかの『あたたかい家庭』とか『一家団欒』って、他人のものなんだよね。たまたま入ったファミレスで、隣の席で楽しそうにしてた親子連れとか、あとはこういうテレビの中の家族とか」

 タイミングよく、また笑い声がテレビの中で弾ける。確か、超能力一家のファンタジーコメディだったっけ。ちょっと前の話題作だ。さっきまではちゃんと面白かったはずなのに、今はやけに白々しい。

「――情の薄い子だねって、私」

 桃子さんはそう言って、また一口チューハイを飲む。「わりと言われるんだ。私を育ててくれた伯母も言ってたな。あの人もたいがい人のこと言えない感じだったけど……でも、孝太郎はそういうこと言わなかった。だから二人で色々話して、それで家族を作っていこうって、ちゃんと決めたはずなんだけどな。こんなんじゃだめなのかな」

 桃子さんを見ていると、軽々しく「そんなことないですよ」なんて言ったらいけない気がした。わたしはじっと黙って話を聞いていた。

「死産して、病院からこの家に帰ってきてから、たまに赤ちゃんの声が聞こえるようになった。前から見えてた子供の幽霊じゃないんだよね、赤ちゃんの声なんだ。新しく増えたんだからそれ、もしかして私のお腹にいた子じゃないかなって」

 そう言うと、桃子さんはなにかに耳を傾けるみたいに目を閉じた。赤ちゃんの声が聞こえるんだろうか。そう思ってわたしも目を閉じてみたけれど、何も聞こえない。

「――私を呼んで泣いてるんだとしたら、かわいそうだね。あの子」

 桃子さんがつぶやいた。そのとき、コン、という硬い音が聞こえた。

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