18

 インターホンが鳴った。孝太郎さんが応対し、少しするとカーポートに黒いセダンが入ってきた。

 掃き出し窓のレースカーテンをすこしめくって覗くと、運転席から五十代くらいの男性が降りてきた。あの人が森宮さんだろうか? などと考えつつなおも見続けていると、続いて後部座席のドアが開き、年齢のよくわからない不思議な女性――鬼頭さんが姿を現した。

 鬼頭さんはドアを開けたまま、車内に向かってなにか声をかけているらしい。後部座席にあと一人いるのか……と思っていたら、最後にもうひとり、運転手と同じくらいの年代の男性が降りてきた。こっちが森宮さんかもしれない。どっちにせよ、到着したことには変わりないはずだ。

「桃子さん。森宮さん、着いたみたいですけど」

 声をかけておいて、わたしはもう一度庭に視線を移した。「牽制」になっているのだろうか、今はあの赤いエプロンの女性は見えない。車から降りた一行は何か話しているらしい。わたしはそのとき、後部座席から出てきた男性が手に白杖を持っていることに気づいた。

 玄関のドアが開く音がして、孝太郎さんが外に出ていく。わたしと桃子さんも玄関に向かった。

「きゅ、急に、すみ」

 わたしたちに話しかけようとした鬼頭さんは、途中で声を詰まらせて咳をし始めた。それでも何か言おうとするのを、白杖の男性が止めた。痩せて背が高く、どこか浮世離れした印象を受ける。

「鬼頭さんはご無理なさらず。喉の調子がようないでしょう。えー、急に押しかけてすみませんね。昨晩電話をした、森宮詠一郎と申します」

 なるほど、後部座席から現れた方が森宮さんだったのだ。青い顔をしている鬼頭さんとは対照的に、とても落ち着いているように見えた。森宮さんはてのひらで運転手の男性を示す。目が不自由みたいだけど、人の立ち位置をかなり正確に把握していると思った。

「こっちは関屋といって、まぁ、私が色々雑用を押しつけとる人です」

 運転手の男性がニコニコしながら「関屋と申します」と名乗り、わたしたちに向かってお辞儀をした。優しそうなおじさまだ。

「さて、さっそくじゃけど上がらせてもろうてええでしょうかね。いっぺんおうちの中を拝見したいけぇ」

 拝見と言うても見えませんがね、と言って、森宮さんは思いがけず軽やかに笑った。


 森宮さんは全盲らしいが、初めて訪れる場所を歩き回る姿はまるで危なっかしいところがない。家の中を案内する孝太郎さんに続いてゾロゾロと移動し、一通り見まわると最後にリビングに到着した。

「こりゃあ頑張ったねぇ、鬼頭さん。大変じゃったろうね」

 森宮さんはリビングの中央あたりに立って、感心したようにそう言った。何の話かわからない……などと考えながらキッチンに立つと、それも見越したみたいに「まだ野暮用がありますけぇ、お構いなく」と言う。そういえば、森宮さんたちはどこから来たのだろう? 四国とか中国とか、とにかく西の方の方言を話しているようだ。遠方からわざわざ、車でかけつけてくれたということだろうか。

「谷名瀬さん、少しテーブルをお借りできませんか」

「でしたら、そこにダイニングテーブルがあります」

 わたしは急いでふきんを固く絞ると、ダイニングテーブルの上を大急ぎで拭いた。

「どうもありがとう」

 森宮さんは仙人みたいな笑顔でわたしにお礼を言い、テーブルの傍に立った。そして肩にかけていたバッグから、何か細長いものを取り出した。

 どうやらそれは、巻物のようだった。

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