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 森宮さんが取り出した巻物は、表紙にきらきらした刺繍が入っていて、けっこう立派なものに見えた。一体何が書かれているものなのか、かなり気になる。

「ちょっと失礼しますよ」

 森宮さんはそう言いながら、慣れた手つきでテーブルの上に巻物を広げ始めた。

 わたしは思わず身を乗り出した。でもその中身が目に入ったとき、つい「えっ」と声をあげてしまった。

 白紙だ。豪華な見た目にも関わらず、中の紙には何も書かれていない。ここでようやく「文字や絵が書かれていたところで、全盲の森宮さんには見えない」ということに気づいたけれど、だからといって納得がいくわけではない。この巻物は一体何なんだろう? 紙はどこまでも平坦で真っ白で、点字のような凹凸すらもなかった。

「すみません、何ですか? これ」

 孝太郎さんが、まさに今わたしが聞きたかったことを聞いてくれた。

「これを使って、悪いものがおるかどうか、おったらそいつがどんなものかを調べるんです」

 森宮さんはそう答えてくれた。

「私が住んでいる地方独特のやり方でね、こういうことをする拝み屋を、こっちじゃ『よみご』と呼びます。まぁ、よその土地じゃ知らん方がほとんどじゃろうなぁ……ええ、では、ちいと黙りますけぇ」

 そう言うと、森宮さんは両手をそっと広げた白紙の上に置いた。どうするのかと思って見ていると、その両手が紙の上をあちこち滑りだした。まるで森宮さんの指先にセンサーがついていて、それだけが読み取ることのできる何かが巻物に書かれているような――そんな風に見えた。不思議な光景だった。

 森宮さんは何も言わず、何か特定の記述を探してでもいるみたいに、白紙の上で両手を動かし続けている。やがてそれがぴたりと止まると、少しして森宮さんの両手がすっと上がった。

「うーん」

 森宮さんは唸りながら、手慣れた様子でするすると巻物を片付ける。

 何が起こったのか、わたしにはさっぱりわからなかった。ただ鬼頭さんや関屋さんは真面目な顔で森宮さんを見守っているし、森宮さんも顔に真剣な表情を浮かべている。

「……こりゃえらいことじゃなぁ。こんな小さいところに何人もおる。はぁー、ぎょうさんおるなぁ……おお、お客さんの前でしたな。失礼しました。つい」

 わたしと孝太郎さんは、思わず顔を見合わせた。桃子さんは険しい顔で、じっと森宮さんの手元を見つめている。

「その真っ白の巻物を使って、怪異の有無や正体を知ったってことですか? 今?」

 孝太郎さんが、またわたしが聞きたかったことをまとめて代わりに聞いてくれた。

「ええ、平たく言えばそういうことです」

 森宮さんは当然みたいな様子でうなずく。そんなことが本当にできるんだろうか? ――そう思って見ていたそのとき、森宮さんの顔がいきなりこっちを向いて、「あんまり緊張せんでええですよ」と言ったので、わたしはついぎょっとしてしまった。

「さて、それじゃ申し上げますがね……こんなことあまり言いたかないが、この家は、できればもう引っ越された方がええ。危険です」

 森宮さんははっきり「危険」と言い切った。

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