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それは予想されていた答えだった――少なくともわたしにとっては。
だってそうするのがシンプルだ。こんな明らかにおかしい家なんか、さっさと引っ越してしまえばいい。
確かに広くて立派な家だけど、孝太郎さんも桃子さんも、それにこだわるような人には思えない。ちょっとお金がかかったって何だって、別の家に移ってしまえばいい。お金を出しただろう伯父がうるさく言うかもしれないが、元々仲がいいわけでもないんだし。
だから森宮さんがはっきり「危険」と言ってくれて、わたしは正直ほっとしたのだ。たぶん桃子さんも孝太郎さんも、これを引っ越しのきっかけにしてくれるだろうと思った。でも、
「この家の中は安全って、そう聞きましたけど」
孝太郎さんはそう言った。
わたしはギョッとした。普段の彼とは違う、暗くて冷たい声だった。
「そうじゃなぁ」
森宮さんがため息をついた。「間違ってはいません。今のところはね。ただ、いずれこっちにも入られますよ。何がきっかけかわからんが、あの中にいたやつのなかでも特に厄介なのが、離れから出てきてしもうとるけぇ」
「離れって……あの離れは、そもそも何なんですか?」
わたしは思わず口を挟んでしまった。「特に厄介なのが出てきてる」と聞いたわたしの頭には、あの赤いエプロンの女性が浮かんでいた。あの人に関わると思えば、余計に気になる。
「この家にあった良うないもんを、まとめて離れに押し込んであるんです。元凶になったもん、そいつのせいで死んでしまったもん、何でもあそこに押し込めたんじゃ」
森宮さんはそう答えてくれた。「そこまでしてここに家建てたいか? と不審に思われるでしょうがね、ここはそういう土地です。どうしたって家になってしまう。誰かを住まわせたくて仕方がないんです」
誰かを住まわせたい。そういう意志があるのか――そう思うとゾッとして、背筋が冷たくなった。
「もう一度押し込み直すのは? それでなんとかなりませんか」
孝太郎さんが言った。あくまでここに住む前提で話を進めようとしているのが、わたしには怖かった。
「なかなかそう簡単に参りませんでね」
森宮さんは、あくまで落ち着いた樣子で答える。
「まず、前回押し込むのに必要だった手は、今は使えない。そうでしょう? 無茶したらいかんよ」
最後の言葉は、鬼頭さんに向けられたもののようだった。鬼頭さんは唇を固く噛み締めて頷いた。まだ喉の調子が悪いらしい。
「森宮さんは? そういうことができる霊能者ではないんですか」
「よみごはよむのが専門でね。状況を調べるまでが、よみごの仕事じゃけえ」
「大体詠一郎さんかて、体調がようないんだから無茶せんでくださいよ」関屋さんが珍しく口を挟んだ。咎めるような口ぶりだった。「お弟子さんかて、まだ詠一郎さんが教えてやらんといかんでしょう」
「ははは、ほうじゃなあ。貞明くんはよむ方はええが、もうちょっと自分の身を守れんといかん。こういうところで役に立たんけぇ」
森宮さんは少し楽しそうにそう言ったけど、すぐに元の重たい口調に戻った。
「あの規模のものを封じておくとか、消してしまうとかいうことは、とても難しいことです。この家を離れてしまうのが一番確実で、手っ取り早く、安全じゃ」
そのとき桃子さんが、「あの」と口を開いた。
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