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 誰かと思ったら、インターホンを鳴らしていたのは義姉の早和子さんだった。

「どうも〜。仕事で近くに寄ったから、来ちゃった」

 そう言ってはいたけど、どうもわざわざ立ち寄ったような気がする。

「勝手にお祝い持ってきちゃった。今生モノとかダメでしょ?」

 と言われて初めて、そういえば何がお祝いに欲しいか連絡するのを忘れていたな、と思い出した。

「すみません、連絡してなくて」

「いいのいいの。いつか自分でも食べたいもの選んできたから、今度感想聞かせてよ」

 新築祝いは、レトルトのおかずの詰め合わせだという。早和子さんは勘がいい、と思う。こういうものは食べたらなくなり、その後目にすることはない。私はともかく、孝太郎はそちらの方がいいだろう。

「グルメな友達におすすめ聞いて買ったの。有名ホテルシェフ監修の、量が多くておいしいやつだって。ご飯作りたくない時にでも使ってね」

「ありがとうございます」

 食事の支度をしなくて済むのはありがたい。早和子さんはリビングを一通り見渡し、いいおうちじゃない、と嬉しそうに言った。

「孝太郎も元気?」

「はい、おかげさまで」

「よかった。私のせいで色々割食っちゃってるからさ、孝太郎は」

 そう言って、早和子さんは少しさびしそうな顔をした。

「そうですか」

「そうだよぉ。うちの親ヘンだし、あの子も大変だよね」

 早和子さんは何となく話しにくそうに口をつぐみ、それからまた「あのさ」と口を開いた。

「ここの土地のこと、色々聞いちゃった。うちの会社のお客さん、この辺にいなくもないからさ。自然に耳に入ってくるっていうか……なんかすごいね、聞いた限り」

「すごいですよね、ほんと」

 私もつい、笑ってしまう。ほかにどんな顔をしたらいいというのだろう?

 早和子さんは私に応えるようにくすくす笑いを漏らし、それから「見栄っ張りなんだわ、うちの両親」と言った。

「見栄っ張りだから、一応見た目だけでもいい感じのとこに……って感じなんだろうね。まったく、困った困った」

 笑いまじりにそう言ってから、少し改まって「桃子ちゃん、一応言っといたほうがいいと思って言うけど」と真面目な口調で言う。

「なんですか?」

「うちの会社、あんま良くないかも」

 急に幽霊屋敷だの事故物件以外の話が出てきて、ちょっと驚いてしまった。

「あんまりよくないって?」

「経営状態がね。それでも生活水準は落とせないんだから、両親には困ったもんよ。やれやれ」

 わざと大袈裟な手振りで「やれやれ」と言ってため息をつく。

「……だからさ、ハナから家出て、関係ないとこで勤めてる孝太郎のほうが、結局はラッキーかもね――なんて」

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