11
「せっかくだからパーティーにしましょう! パジャマパーティー!」
わたしはそう強く主張した。いきなり騒いだので、桃子さんはポカーンとしていたが。
しかたない。だって怖いんだから。このまま淡々とご飯を食べて片付けをして入浴してそれぞれの部屋に引っ込んで寝る、なんてこと、できる気がしない。孝太郎さんが夜のうちに帰って来られるかどうかわからないけど(桃子さんはあの後、「もう諦めて会社の近くで泊まれば?」と電話越しに提案していた)、仮に帰って来て三人に増えたとしても、怖いものは怖い。眠れる気がしない。
だったら二人でリビングにでもいて、お酒を飲むとかお菓子を食べるとか海外ドラマを何シーズンも視聴するとかバカ映画を流し続けるとか、そういうことをしながらいつの間にか寝落ちしてしまいたい。
幸い桃子さんも嫌ではなかったようで、「奈緒さんがそう言うなら、そうしようか」と快諾してくれた。わたしは心の底から喜び、これ以上表が暗くなる前にと一番近くにあるコンビニに走った。下着なんかはそこで売ってたはずだ。あと食べ物と飲み物。
「冷凍ピザ、三種類あったから全部買ってきました。こっちは全部飲み物」
「ちょっと待ってすごい量! あはは」
わたしが持ち帰ったパンパンのレジ袋(ふたつ)を見て、桃子さんは珍しく大笑いした。
「お泊り分の特別手当くれるっていうから、気合い入れて買って来ました」
「いやいや、こっちの希望で付き合ってもらってるんだから、奈緒さんが払ったら駄目じゃない」
「じゃ、割り勘にしましょう」
こっちに泊まる旨を母に連絡すると、例によって『こっちはいいけど大丈夫?』という返事があった。わたしは「大丈夫」と返した。自分にそう言い聞かせているような気分だった。
早々にお風呂を借りて、冷凍ピザを全部温めて、一杯めから強めのチューハイを開けた。やけくそだったけれど、これはこれで楽しい。大きなテレビを点けてクイズ番組を二人で解きながら見て、それから話題になっていた海外ドラマを観始めるとやっぱり当然のように面白い。我ながらこの過ごし方は間違ってなかった――と思う。ただ、考えていなかったことがあった。トイレに行くときは一人だ。いつもより速いペースで飲酒していたのも相まって、残念ながら一晩我慢することはできない。
「……ちょっとお手洗い借ります!」
断ってリビングを出ると、廊下はやっぱり少し気温が低い。灯りは点いているけれど、それでもなんだか落ち着かない。
一階のトイレは玄関のすぐそばだ。さっさと済ませてしまおう――そう思って足早に向かった。おしゃれな金属製のドアには縦長の曇りガラスが嵌っている。その向こうに人影が見えた気がして、わたしは思わず足を止めた。
気のせいではない。誰かが立っている。ちゃんと人の形をしたものだ。赤い服を着ていることまでわかる。
(服――いや、エプロンかも)
背中がひやりとした。庭で声をかけてくる女性も、同じ色合いのエプロンをつけていたはずだ。
人影はただガラスの向こうに立っている。本物の来客なら、インターホンを鳴らすはずだ。でも、いつまでたってもインターホンの音は聞こえない。
まるで、じっと黙ってこちらの様子を伺っているみたいだった。
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