05

「はいっ」

 とっさに返事をしながら顔を上げると、女の人が立っていた。三十代半ばくらいだろうか? 小柄で丸顔の、おっとりした感じの人だ。

 エプロンをつけているから、ご近所さんだろうか? 見覚えはないけど、このあたりは住宅街で家が多い。いちいち覚えていられない。

(それにしたって、インターホンくらい鳴らせばいいのに……この辺って、そんなカジュアルに庭まで入ってくるような土地柄なのかな?)

 そういうのってもっと田舎の方の話だと思っていたけど――などと考えながらうっすら警戒していると、

「ごめんなさい、お庭にいるのが見えたもので」

 女性は手をあわせて謝りながらそう言った。「お外にいらっしゃるから、インターホンなんか鳴らすよりも話しかけた方がいいかなって」

「ああ、そうですか……」

 まぁ、そう言われてみれば不審というほどでもない。試しに「何かご用ですか?」と聞き返してみると、

「あのぅ、妹を探しているんです。妹っていっても、義理の仲なんですけど」

 という答えが返ってきた。

「妹さんですか?」

「この辺で声が聞こえた気がして……お心当たりありません? わたしより少し年下で、身長は……」

 女性は色々と説明してくれる。一瞬(桃子さんのことかな?)と思ったものの、どうも説明と食い違う部分が多い。かと言ってそれらしい人物に心当たりがあるわけでもなく、結局わたしは首を傾げながら「さぁ……見てないです」と答えた。

「そうですか。失礼しました」

 そう言って頭を下げる彼女が、なんだかとても心細そうに見えた。気がつくと、わたしは彼女に話しかけていた。

「義妹さん、どうかなさったんですか?」

「もう何か月もうちに帰ってこなくて」女性は眉をひそめた。「心配してるんです。家族みんな待ってるのに」

 それはなかなか深刻そうだ。警察には行ったのだろうか? いやでも、会ったばかりの人んちのことで色々立ち入ったことを聞くのもな……と躊躇していると、

「このおうちの方?」

 とまた尋ねられた。

「いえ、家政婦……でして。ここには通ってます」

 職業として名乗っていいほど本格的な家政婦ではないけど――という戸惑いと共に名乗ると、相手はにこっと笑った。

「そうなんですか。素敵なお仕事ね」

「そ、そうでしょうか」

「わたし家事が好きなので、お仕事でやってらっしゃるなんて羨ましいです。いつかやってみたいわ。今は自分の家のことで手一杯ですけど」

 思いがけず知らない人に褒められたようで、むずがゆいような気分だけど嬉しくないわけでもなく、わたしは照れながら「ど、どうも……」と曖昧な返事をした。

「ねぇ家政婦さん、もしもわたしの義妹を見つけたら教えてくださいね」

 女性はそう言って、にっこりと笑った。笑うときゅっと目が細くなって、かわいらしい人だと思った。

「わかりました。あの、連絡先とかは……」

「近くですから」

 そう言った次の瞬間、女性の姿がぱっと消えた。

 えっ、という素っ頓狂な声が喉の奥から出た。ついさっきまで目の前に立っていた女性の姿は、もうどこにもなかった。

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