04

 まだ結婚もしていないし、相手もいないわたしに「自分の子供」なんてものを想像するのは難しい。全然実感がわかないけど、それでも「きっとかわいいものなんだろうな」と予測することはできる。その子供を亡くすというのは、どれだけ辛いことだろう。そう思ってわたしは、桃子さんに子供の話題を振らないようにした。

 桃子さんは泣いたりもせず、淡々としているように見えた。でも、だからと言って「傷ついていない」わけではないだろう。これ以上彼女を傷つけないようにしなければ――と思いつつも難しい。自分の行動がこれでいいのかどうか、判断がつかない。プロのカウンセラーでも何でもないわたしには、手探りもいいところだ。

 一見落ち着いているように見える桃子さんでも、きっと心はずいぶん参っているに違いない。だから妙なことを考えるのだ――と思った。どうしても離れに引き寄せられてしまう、なんて。おかしな話だ。

 あの離れには誰も住んでいないと聞く。とにかく現時点で居住スペースとして使われてはいないし、物置にしているわけでもない。それはそれで異様なことではあるけれど、とにかくあの離れには「何の用もない」はずなのだ。

 それだけに桃子さんの「つい引き寄せられて、いつの間にか庭に立っていたりする」という証言が、わたしには異様で、気味悪いものに思えた。


 四月に入り、花粉が飛ぶという点を除けば比較的過ごしやすい気候が続いた。そこで桃子さんと近辺を散歩することにしたのだが、その際気づいたことがあった。

 近所の人たちが妙によそよそしいのだ。わたしたち自身に原因があるというよりは、あの家に住んでいるから注目されているようだった。

「この辺じゃ有名な事故物件だからねぇ」

 すでに慣れているのか、桃子さんは平気な顔でそう言った。

 近くに広い児童公園がある。そのベンチに座って休憩していたとき、近所の保育園から来たとおぼしき子供たちと出くわした。

 お揃いのスモックを着た園児たちは、何人かの保育士の監督の下で遊び回っている。微笑ましい光景だけど、わたしは桃子さんのことが気になった。小さな子供って、今の彼女にとっては「地雷」ではないだろうか?

 幸い、桃子さんは普段通りに見えた。と、子供たちの姿をじっと見つめながら、「変なこと言うんだけどね」と話し始めた。

「私、お腹の中に子供がいたときも、自分の子供がかわいいって感覚があまりなかったかもしれない。お腹から出てきて顔を見たりすれば違ってたのかもしれないけど、そうなる前に亡くしちゃったからね。あの子が無事に産まれてきてたとして、ちゃんと愛情を注げたかどうか、実はちょっと自信がない」

 そんなことを言われるなんて――意外だった。でも、案外そういうものなのかもしれない、とも思った。結婚も妊娠出産もまだ考えられないわたしが何を考えたって、所詮妄想の域を出ない。とりあえず桃子さんが「ものすごく辛い」とか、そういう風に思ったんじゃなくてよかった――と、そう思った。

 公園からもう少し近所をウロウロし、二人で家に戻った。

「ちょっと疲れたかも。今日ひさしぶりに歩いたから」

 桃子さんは寝室で寝るという。その間、わたしは暇だ。

 どうせだったら役立つようなことをやりたい。家の中の掃除をガタガタやって起こすといけないから、わたしは庭で草むしりをすることにした。あの離れを見張っておけば、桃子さんがフラフラと出てきたときも止めやすいだろう。

 暖かくなって、雑草は元気だ。軍手をはめ、草を抜きながら地面を見つめていると、「あのぅ」と頭の上から声が降ってきた。

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