03

 実は、ごくまれに幽霊を見る。

 どうも母方の祖母ゆずりの体質らしい。実はこの体質が原因で会社を辞めたのだけど、そのとき母はあきれたような声で「あんた、ばあちゃんに似てるからねぇ」と言ったものだ。

 基本的には見えない。声が聞こえたり、気配を察知したりもしない。ただ、まれにいるのだ。わたしの「そういうものを感知するアンテナ」に、ぴったり合わせてくるやつが。そういうやつは、残念ながらかなりくっきりはっきり見えてしまう。

 せっかくの新卒カードを切って入社したホワイト企業を辞めたのは、そういうやつのせいだった。せっかくいい職場に巡り合えたんだから我慢しなきゃと、仕事中急に抱き着いてくる首が妙に伸びた女を無視し続けていた結果、わたしは心身のバランスを崩しかけた。それで出勤できなくなってしまったのだから、ああいうものはバカにできない。

 初めてこの家を訪れ、桃子さんに中をひととおり案内してもらったとき、わたしはこっそり幽霊の気配を探した。家の中は至って静かで、わたしは「この家に幽霊の類はたぶん、いない」という結論に至った。

 たぶん、だ。少なくとも、わたしのアンテナにぴったり合うようなものはいない。

(よかった)

 わたしはこっそりため息をついた。ああいうものは、見ないに限るのだ。この仕事がいつまで続くものかわからないけれど、それにしたって早々に逃げ出したくはないものだ。

 例の離れも、おそるおそる少し離れたところから観察してみた。なにか怖いものが見えたらどうしよう――と思っていたけれど、何も見えなかった。

 ただ、なぜか空き家という感じがしなかった。誰かがそこで生活しているような「生きた感じ」が、不思議とその建物にはあった。


 家中の掃除をして食事の支度をしても、時間は余り過ぎるくらい余った。

 元々家事よりも監視のために雇われているようなものだ。いくら広めと言っても普通の一軒家だし、桃子さんも孝太郎さんも家を散らかすようなタイプではない。むしろびっくりするほど持ち物が少なかった。まだピカピカの新築だし、掃除しなければならないような箇所は多くない。

 暇を持て余したわたしは、自然と桃子さんと話すようになった。年は近いし、案外ウマが合うような気もする。桃子さんも「気が紛れる」と言ってくれるので、わたしは勤務時間をなるべく楽しく過ごすことに決めた。午前中のうちに家事を済ませてしまい、午後は桃子さんとふたりで映画を観たり、お菓子を食べながら駄弁ったりする。こんなことでお金をもらってしまっていいんだろうか――と正直思うし、実際桃子さん本人にこぼしてしまったことがある。

「そんなことないよ。奈緒さんが来てくれてよかったと思う」

 ソファの上で膝をかかえた桃子さんは、膝に口元を埋めたままで返事をする。

「この家に一人でいると、どうしても離れの方が気になってさ。ついそっちに引き寄せられちゃうの。それで、いつのまにか一人で庭に立ってたりするんだ」

 その何気ない口調が、わたしにはかえって怖かった。 

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