02

 とにかく早めに来てほしいと言われて、さっそく次の日から出勤(という言い方がなんとなくそぐわないけれど)することになった。

 正直不安だった。従兄の奥さん、それもほとんど会っていない人なんて他人もいいところだ。無駄に招待客の多い結婚式で顔を見たことがある程度の知り合いでしかないのに、日中ふたりっきりになっても大丈夫だろうか? それも今、かなり不安定な精神状態にあるらしいというのに。

「大丈夫! 桃子ももこちゃん、いい子だよ」

「へー、そう……」

 誰とでもすぐに仲良くなろうとする陽キャの早和子さんに言われてもな――そう思いながら、ひとり孝太郎さんの家のチャイムを鳴らしたのは、三月も終わりにさしかかった、月曜日の朝のことだった。

「奈緒ちゃん、ひさしぶり。悪いけどあと頼むね」

 孝太郎さんはしきりに「悪いね」と謝りながら、わたしとすれ違うように出勤していった。相変わらず見るからに人畜無害、でもどこかうすら寒いところのある人だと思った。

 ラッキーなことに、桃子さんは決して嫌なタイプの人ではなかった。どちらかと言えば物静かなタイプだ。なんとなく影があるように見えるのは、辛いことがあったばかりだからかもしれない。身長160センチで標準体型のわたしよりも背が低くて華奢で、これなら最悪何かあっても羽交い絞めにすれば大丈夫、止められる――なんてことを考えた。

「すみません、お手数おかけして」

 桃子さんはそう言って頭を下げた。どうやらわたしのことを「お手伝いさん」だと伝えられているらしい。まぁ、一応家事はするつもりだから、決して間違いではない。

「私ももう普通に家事とかできるんですけど、孝太郎は休んでろっていうし」

 などと桃子さんは言う。だから帰ってくれてもいい、とまで言い出しそうな気がしたので「いやいやここで無理しちゃ駄目ですよ」と説き伏せ、こうしてわたしの家政婦生活が始まった。

 と言っても家事は二の次だ。一番大切なのは、桃子さんが庭にある離れの方に行かないよう、見張っていることだった。


 一応、この土地に関する曰く因縁は事前に教えてもらった。

 正直、この仕事を引き受けたことを後悔した。もっとも幽霊なんて本当に出るのかどうか――霊感がないわたしは、目の前に幽霊が立っていても気づかないかもしれない。

 とはいえ、厭なものだ。「この家が建っている場所では、かつて何人もの人が不幸な死を遂げている」なんてことを聞かされたら、気にならないほうがどうかしている。

(孝太郎さんたちが住む前に住んでいた一家で、無事だったのは七人のうち一人だけ。その前にも人が出たり入ったりして落ち着かなかったし、三十年ほど前には一家心中事件が起こっている。その前も――)

 どうやらこの土地では、うんざりするほど人が亡くなっているらしい。そして庭にある離れは、早和子さん曰く、これ以上の人死にを出さないために作られたものなのだという。

「あのね、あの離れがあった場所、前はもっと大きなお屋敷の一部で、それも『開かずの間』があったんだって。足を踏み入れると死ぬとかいう部屋――あはは、そんなものが自分ちにあるの、すっごい嫌だよね」

 この話をしてくれたとき、早和子さんは声だけで「あはは」と笑っていた。でもその顔は、見たこともないような頼りない表情を浮かべていた。

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