わたしもこの家には
01
「まぁ見てろ。あの家ももう長くないから」
父は酔っぱらうとよくそんなことを言った。そんなこと言ったってお金持ちはずっとお金持ちでしょ――と思っていたけれど、どうやらそんなこともないようだということが、最近はじわじわとわかりつつある。なんでも、会社の経営が傾いてきているらしいのだ。
従姉の
父などは最初(借金でも頼まれるんじゃないか)と思ったらしい。でもわたしの知る限り、早和子さんは本家の中では一番マシな人だ。あまりうちに出入りしないのは、嫌われているからではなくて、単純に忙しいからだった。
「
早和子さんはそう切り出した。
実は、前から仕事の紹介を頼んでいた。わたしは新卒で入社した会社をわけあって退職し、一ヵ月前に東京から実家に戻ってきたところだった。両親に急かされないのをいいことに家でぶらぶらしていたが、一月も経つとそわそわしてくる。果たしてこのまま親にぶらさがったままでいいのか? うちなんか別にお金持ちじゃないし(貧乏でもないけど)、わたしだって自分でお金を稼ぐ手段がないと不安だ。でも再就職がなかなかうまくいかずに焦り始め――という頃に、早和子さんはやってきたのだった。
「仕事なら、まだなーんにも」
「じゃあ、お願いしたいことがあるんだけど」
早和子さんは、ちょっとほっとしたような顔を見せてから、話を進めた。
「弟の家に通って、家事とかやってほしいのね。ちゃんとお給料は払うから。奈緒ちゃんは料理上手だし、家事もひととおりできるでしょ?」
「まぁ、一応一人暮らししてましたし」
「えらーい。私一人暮らしの時ひどかったよぉ……まぁそれはともかく、お願いできないかな? 弟の家、今ちょっと大変でさ」
「はぁ……」
早和子さんの弟というのは、わたしの従兄の
「あの、孝太郎さんてそんな家事とかダメだった? ていうか、結婚してなかったっけ?」
「それがさ」
早和子さんは一瞬言いにくそうに唇を歪める。「孝太郎の奥さん、今ちょっと体が大変なんだよね。実は妊娠してたんだけど、死産してさ。今ちょっと目が離せないんだ」
「ちょ、ちょっと待って。その、目が離せないってどういうこと?」
わたしはあわてて尋ねた。これ、孝太郎さんが苦手とかそういう問題以前に、そもそも安請け合いしていいような仕事ではないかもしれない。目が離せないってどういうこと? 体を壊して色々介助が必要とか? 心のバランスを崩してしまったとか?
「早和子さん、わたし、特別なこと何もできないよ? 介護士とか看護師とかやってたわけじゃないし、専門の人を雇った方がよくない?」
「ああ、それはそんな……難しいことじゃないんだ。移動とかトイレとかお風呂とか、日常のことは全然できるの。ただちょっと、日中一人になっちゃうのが心配で」
彼女、離れに入ろうとするらしいんだよね――早和子さんはそう呟いた。何のことか、さっぱりわからなかった。
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