06
もう一度辺りを見回してみる。やっぱりいない。まるで魔法みたいに消えてしまった。
背筋が冷たくなった。
わたしは門扉を確認しに向かった。内側から掛け金と、外からは動かせない閂がかかっているのを見て、ますます体温が下がったような気がした。
(いや、もしかしたら家の中かも)
そう考えて、今度は玄関に駆け込んだ。
桃子さんが寝ている部屋を除くすべての部屋のドアを開けてみたけれど、女性の姿はない。ということは桃子さんの部屋だろうか? それともどこかの部屋のクローゼット? いたずらに辺りをキョロキョロと見回しながら、不安ばかりがどんどん募っていった。
(さっきの人、人間じゃないのかもしれない)
そう認めてしまうのが怖かった。
もしもあの人が人間じゃないとすれば、前と同じことになってしまう。わたしが会社を辞める原因になった、あのいくら追い払ってもくっついてきた女。どこかで首を吊って死んだのだろう、ぐにゃりと伸びた首をして、虚ろな目で確かにわたしを見ていた――
アンテナが合う幽霊。
もう一度、そういうものに遭遇したと思いたくなかった。いや、もっとタチが悪い。わたしはさっき、あの女性と話をしてしまった。わたしが彼女を認識していることを悟られている。
ああいうものは何度もやってくるものだ。少なくともわたしの経験上は。
「奈緒さん?」
桃子さんの部屋のドアが開いて、彼女が顔を出した。まだちょっと眠そうな顔をしている。
「なんかバタバタしてるけど、どうかした?」
そう言って、桃子さんはあくびをした。急に気が抜けて、わたしはその場にへたり込んでしまった。
「……出た?」
桃子さんは意外と――いや、さほど意外ではないかもしれない。とにかく落ち着いていた。「こんなところに住んでいれば、幽霊が出るのは想定内」という感じだった。
「たぶん、そうです……」
認めたくない気持ちは相変わらずだったけれど、もうなかったことにはできなさそうだった。
「桃子さん、見たことないですか? 三十代半ばくらいで、赤いエプロンつけてる優しそうな女性」
桃子さんは首を振った。「私はないなぁ。ああ、でも」
別のならちょっと、と言って、ちょっと口を閉じる。わたしは桃子さんの顔をじっと見つめて、彼女が語り出すのを待っていた。
「……離れに子供がいるのは見たことある」
ややあって、桃子さんがぽつんとそう言った。
「子供っていうか、子供みたいなものかな。顔がよくわかんないし、結局何なのかよくわからないし――でも、あれのせいで死産になったのかなって思うことはある」
そこまで言うと、桃子さんは口をつぐんだ。何と声をかけたらいいか、わたしにはわからなかった。
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