05

「それで、早和ちゃんはどうしたいの」


 その日の夜、マンションの方に帰ると彼氏の達彦がいて、家の中にはニンニクとトマトの匂いが漂っていた。くたびれていると、他人が作ったものを食べられるのが嬉しい。

 で、緩んだ顔でパスタをすすりながら、つい色々と愚痴が出た。会社は正直継ぎたくない。実家にもあまり帰りたくない。弟夫婦のことも気になる。なんで両親はあんな――とりとめもなく話していたら、達彦に聞かれたのだ。早和ちゃんはどうしたいの、だって。 

「……わかんない。わかってたことって一度もないかも」

「マジで? あんな一所懸命働いてるのに? 資格もあんなにとって?」

「なんか目的があってとってたっていうよりかは、親が喜ぶからとってたって感じだから」

「早和ちゃんもなかなか難儀だね。お酒飲む?」

 そう言いながら立ち上がりかけた達彦を、私はあわてて制した。

「明日仕事だから、ダメ。飲み始めたら飲んじゃうから」

「真面目だなぁ」

 と言いつつ、達彦は自分の席に座り直す。

「真面目っていうか、体力的にきつくなるのがイヤなだけ」

「いや、真面目だよ。早和ちゃんは。おれの知り合いにやっぱ親が会社社長で、自分も肩書だけは役員って子がいるけどさ、給料もらうだけもらって、全然働いてないらしいよ」

「……」

 なんとなく、咎められているような気がして不愉快だった。もっと上手く立ち回れよ、と言われているみたいだった。私だってそういう風に立ち回れたらどんなにいいだろう。私は時々、沈みゆく泥舟に乗っているような気持ちになる。

「弟夫婦のことだってそうじゃない。なんで早和ちゃんがあれこれやってんの?」

「親がやんないから」

「だからってよくやるよ。ほぼ他人じゃない? 弟夫婦とか。別世帯だし」

「別世帯は別世帯だけど……」

「ま、おれは早和ちゃんの仕事も事故物件のこともわかんないけど、無理してひとりでどうにかしなくていいんじゃない?」

 と、達彦の口調はあくまで軽い。「なんだったらそのへんの神社で、お守りとか御札とか買ってって渡したら? それで義理は果たしたって、おれなんか思っちゃうけど」

「義理とかじゃなくて……」

 そういうのじゃないんだよ、と言いかけて、言葉が詰まった。偽善じゃないかと言われたら嫌だな、と思った。黙ってフォークにスパゲッティを巻きつけた。

(お守りかぁ)

 そういえば、それらしきものを見た。

 玄関のシューズボックスの上に、人形――ぬいぐるみ、と称したほうが近いかもしれない――がひとつ置かれていた。最近流行っているアニメのキャラクターのぬいぐるみで、視聴したことがあるが流行るだけあって面白い。

 でも(桃子ちゃんや孝太郎の好みではないな)と思った。そもそもこういうキャラクターグッズを集めることがなさそうだ。なにしろ、ふたりとも不安になるくらい持ち物が少ない。

「桃ちゃん、そのアニメ好きなの?」

 試しに尋ねてみると、見るからに「キョトン」という感じの顔をされてしまった。それから思い出したように「ああ、これお守りっていうか、身代わりです」と答えた。

「身代わり?」

「ほんとは全部で三体くらいあったんですけど、もう二体持ってかれちゃって」

「持ってかれちゃってって、誰に?」

 私が尋ねると、桃子ちゃんはフッと笑った。(何もわかっていないんだから)という顔に見えて、一瞬ぎょっとした。

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