04

 確かに人の声がしたと思ったのに。


 運転しながら、さっき切ったばかりの電話のことを思い出した。テレビかなにかの音声だろうか? なんとなく違うような気がしたが――でも、桃子ちゃんが一人だと言うのならそうなんだろう。彼女が私にそんな嘘をつく理由が見当たらない。

(弟の家に寄って、桃子ちゃんにお菓子を渡す。ついでに様子見もして……大丈夫、間に合う)

 大学の同期に紹介してもらった、ギャラリーを経営する人物に会う予定がある。まだ業務提携が決まったわけじゃないけど、感触は悪くない。数年前に始めたレンタル事業を強化したかった。

(レンタル、お父さんは嫌がるんだよね。よい家具は家族の歴史と共にあってナントカかんとか、みたいなこと考えてるから)

 まぁ、別に嫌いでもいい。口さえ出して来なければそれでいいのだ。出してくるから困っているのだが。

 いつの間にか苛立っている自分に気づいた。頬がヒクヒクしている。バックミラー越しに見た自分の人相は、見るからにあまり性格がよろしくなさそうだ。

(何もかも放りだして、どこかに行きたい)

 ふと、そんなことを考えた。


「ありがとうございます。これ、好きなやつ」

 桃子ちゃんは私が持っていった小包を、玄関先に出てきて受け取ってくれた。

「よかったぁ。もらっちゃったけど、自分では食べないのがもったいなくってさ」

 そう言ってチョコレートの箱を押しつけながらも、私は家の中が気になって仕方がなかった。さっきのは本当に聞き間違いだったのだろうか? 実は誰かいるんじゃないだろうか。まぁ、他人の家で家探しなんかするわけにはいかないのだが――でも、スッキリしない。

 とりあえず、桃子ちゃんは無事らしい。そのことがわかっただけでもマシだ。

 ぱっと見、玄関にお客さんのものらしき靴はない。家の中はちゃんと片付いていて、たとえば変な宗教に嵌っているなんてことはなさそうに見えた。本当は誰か来ているんじゃないか? と疑った瞬間、週刊誌にちらりと書かれていた情報――「以前この家に暮らし、一家心中を引き起こした当時の主はカルト宗教にはまっていた」という記述が頭の中で閃いて、気になって仕方なかったのだ。

 せっかくだから「ごめん、ついでにトイレ借りてもいい?」と尋ねると、「全然いいですよ。どうぞ」と言ってもらえた。

「ありがと〜、助かるわぁ」

 そうやって少々お邪魔したけれど、トイレにも途中の部屋にも、カルト教団の飾りらしきものはなかった。まぁ、そういうものをイキイキと飾るタイプではなさそうだけど……なんてことを考えながら、私は玄関先に戻った。

「急にごめんねぇ」

「いえ、トイレくらいいつでも借りてください」

 桃子ちゃんはちょっぴり笑いながらそう言ってくれた。少し顔色が悪いような気がするのは、気のせいだろうか。

「電話したとき、何かドラマとか見てなかった?」

 ストレートに尋ねてみると、桃子ちゃんは首を横に降った。

「見てなかったですよ。ひとりでぼーっとしてただけ」

「ああ、そう……」

 そう言われたけれど、釈然としなかった。

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