03

 弟の孝太郎は、私のことが嫌いだ。仮に嫌いでなければ、ものすごく苦手なのだと思う。

 だから私の連絡はほとんど無視されてしまう。どうしても用事があるときのショートメールがせいぜいで、電話など折り返しかかってきたためしがない。実際に顔を合わせればそつなく挨拶などするのだけど、それでも私は、あのいかにも人のよさそうな顔からスッと表情が消える瞬間を見てしまう。

 当然といえば当然のことで、孝太郎にとって私は、突然家庭に入り込んできた異物のままなのだと思う。おまけにそれが明らかに優遇され、将来自分が継ぐべきだったものまで奪っていった――そういうふうに見えているのだろう。実際、谷名瀬家の親戚筋からも「どうして先妻の娘ばかり、ああもひいきするのか」という声がたびたび出ているのだ。それも、ちゃんと私の耳に入るように。

(「どうして」なんて、聞いてどうすんのよ)

 そんなふうに叫びながら、誰かに食ってかかりたいこともある。でも、普段からわざとらしいくらい明るく、物分かりがよさそうに振舞っている手前、そんな話を表立ってはできない。

 とはいえ、たまに溢れそうになる。どうして父は私の方ばかり見るのだろう? どうして母は文句も言わず、父の方針に従っているのだろう?

 実は、「どうして?」と聞いたことが、ある。

 いやな答えだった。この家の歪さが、頭上にのしかかってきているような気分になった。これなら、生活苦で怒りっぽくなった実の母と二人で質素な暮らしをしていたときの方がマシだった。幸福な家庭かどうかはともかくとして、こんなふうに歪んではいなかった。

 家族なんてろくなものじゃない。少なくとも、私にとっては。


 とにかく、そういうわけで私を避けていた弟だけど、今回ばかりはそうも言っていられないらしい。改まった様子で私に頭をさげて、「桃子のこと気にしてやってほしい」なんていうから、驚いてしまった。

 もっとも、義妹の桃子ちゃんのことは頼まれなくたって気がかりだ。奈緒ちゃんが辞めてしまってからはなおさらだった。

 最近、桃子ちゃんはめったに外出もせず、あまり元気もない様子で、おまけに「入るなと言われている離れに入ろうとする」――らしい。いや、離れの件は正直「それの何が問題なの?」という気もするのだが、とりあえず精神的に不安定になっていることは間違いないだろう。なにしろ、何か月もお腹の中で育てていた赤ちゃんが亡くなったのだから。

「こんにちはぁ。体調どう?」

 その日、社用車の中から電話をかけると、桃子ちゃんは『おかげさまで。ふたりともまぁまぁ元気です』と答えた。

 いい子だと思う。不愛想に見えることもあるけれど、私みたいにやたらとヘラヘラしていないだけだ。弟に嫌われている私は、弟夫婦に関わろうと思うとどうしても桃子ちゃんと連絡をとることになるのだけど、それについても迷惑な顔をされたことはない。とにかく今日も無事らしいということを確認して、私はほっとした。

「ならよかった。あのさ、もらいもののお菓子があるんだけど、正直私が苦手なタイプのやつでさ……もしよかったらもらってくれない? チョコレートなんだけど、結構いいお値段だからもったいなくて。オレンジピール入ってるやつ」

『私、そういうの好きです。もらっちゃっていいんですか?』

「いいよいいよ。今近くだから寄ってもいい? あっでも……」

 やっぱり今度がいいかな、と言いかけたのは、電話の向こうから声が聞こえたからだ。女性か、それか子供だろうか? 何と言ったのかは聞き取れなかったけれど、楽しそうな口調だった。だから、お客さんがいるのかもしれないと思ったのだ。でも桃子ちゃんは、

『大丈夫ですよ。どうせ一人で暇だし、待ってます』

 と答えた。

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