あの家に住むひとはきっと

01

 弟の家でお手伝いをしていた奈緒ちゃんが、辞めさせてほしいという。

 弟の奥さんの桃子さんとはうまがあったらしい。仕事内容にもお給料にも文句はないという。でももう続けられない――わざわざ私に会いにきた彼女に、今にも泣き出しそうな顔でそう言われてしまった。

 その様子を見て、やっぱり本当だったのかもしれない、と思った。

 幽霊とか曰くつきがどうとか、あの家に住むと人が死ぬとかどうとか、私は信じていないつもり――少なくとも、そういうスタンスをとっていたつもりだった。

 あの土地に建っていた家に住んでいた人が何人か亡くなっているのは事実だ。でも、「あそこに住むと必ず死人が出る」だの「土地が呪われている」だの、そんな話を素直に信じるわけにはいかない。一家の中にたまたまお年寄りや体の弱い人がいれば、死人が出たって別に不自然でもなんでもない。それに、噂話にはとかく尾ひれがつくものだ――とにかく、呪いだの祟りだの、そんなものが本当にあるだなんて。

 そう思っていたはずだったのに、奈緒ちゃんに「ごめんなさい、早和子さん。わたしもうあの家には怖くて行けません」と青い顔で告げられたとき、私は(ああやっぱり)という納得を覚えてしまった。たとえ仕事を辞めたくなったとして、奈緒ちゃんはこんな嘘をつくような子じゃない。

 やっぱり、私も心のどこかでは「あの家には何かある」と感じていたのだと思う。


 奈緒ちゃんが帰った後、私は自分の部屋に戻った。

 リビングには母がいるらしく、テレビの音声が聞こえてくる。鉢合わせたくなかったから、足音を殺して歩いた。二階の自室に入ってドアを閉めると、思わずほっとしてため息が出た。

 ここは一応、私の実家だ。豪邸と言ってもいいような家だけど、くつろげるような場所ではない。私はここから離れたところにマンションを借りているが、そっちにいるときの方が、どれほどリラックスできるかわからない。

 結婚して、この家から堂々と出て行った弟の孝太郎のことが、実は羨ましかった。両親が勝手に新居を手配したことも、それが曰く付きの土地に建てられたものだったことも、「いいじゃない、そのくらい」と言いたくなってしまうくらいには。私も同じようにここを出て行けるかと思って、彼氏との結婚を本気で検討したくらいには。

 でも、羨んでいいようなことではなかったのかもしれない。

 私はキャビネットから一冊の週刊誌を取り出し、表紙をめくった。普段は買わない、ゴシップ専門誌みたいな類の雑誌だ。わざわざバックナンバーを探してまで購入したのは、気になる記事があったからだった。

 真夏の怪奇事件特集、呪われた屋敷の炎上――まさに今、孝太郎たちが住んでいる土地に関わる事件の記事だ。

 呪いや祟りなんか信じていないと言いつつ、こういうものを読んで手元に置いているなんて、我ながらおかしな話だ。私は一体何がしたいのだろう……そんなことを考えながらページをめくった。おどろおどろしいフォントのタイトルに、本当にその家のものか怪しい焼け跡の写真。呪われた屋敷の末路――

 すでに何度か読んだ記事を、もう一度読み返した。奈緒ちゃんの泣きそうな顔が脳裏にちらついていた。

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