16
事務所を飛び出して、車に飛び乗った。ハンドルを握って、ようやく自分の両手が震えていることに気づいた。孝太郎たちの家に行かなければ。行って、そこから引っ越すように説得しなければならない。こんなところに住むべき理由なんか何一つないのだと、わかってもらわなければ。
何度も深呼吸をするうちに、ようやく手の震えが止まった。頭の芯が痛んだ。
私は怒っていた。
物騒な物件に、何も言わずに自分の息子夫婦を送り込んだ父に、猛烈に腹が立っていた。あの土地に本当に人柱があるのか、本当にそのせいで十四人もの人が一度に命を落としたのか――正直、それが本当かどうかはわからない。ただそういう場所に、何も知らない孝太郎や桃子ちゃんを住まわせている、そのこと自体に怒りを覚えた。自分の財産を守りたい、そのための守り神がほしいという理由のために、どうしてこんなことができるのか、わかりたくもなかった。
孝太郎たちにあの家から出るように言おう。引っ越し代がないなら私が出したっていい。とにかくあの家を空っぽにして、土地を無人にしてやろう。それで父の鼻を明かしてやろう。とにかく何か一矢報いてやらなきゃ気が済まない、と思った。
(ばかじゃないの。会社が危なくなったのだって、財産が目減りしてることだって、全部自分のせいなのに)
アクセルを踏む。もう空は暗くなりかけている。
(説得できるかな)
頭の中に、奈緒ちゃんの泣きそうな顔が浮かんだ。
あの家ではおかしなことが起きているらしい。奈緒ちゃんが突然仕事を辞め、私もおかしな電話を受けた。普通ではないことは確かだと思う。なのに、孝太郎も桃子ちゃんも、一向にあの家を出ようとはしていない。それが不気味だった。
あの家に――いや、離れに何がいるのかはわからない。なんにせよ、そんな不吉な場所に弟たちを置いておくのも、それによって父を喜ばせることも嫌だった。母も、父に加担しているならやっぱり喜ばせたくはない。
もしも孝太郎たちを引っ越させることに成功したとして、それを咎められたら、そのときは喜んで会社を辞めてやるし、財産も放棄してやる。それっぽっちのことができないと思われているのかと思うと、それにも腹が立ってきた。
大きな十字路に差し掛かった。ここは信号待ちが長い。ブレーキを踏み、ハンドルを指でとんとん叩いているうちに、多少は気持ちが落ち着いてきたのだろうか。ふと、
(そうだ、鬼頭さん)
と思い出した。なにか手段を考えてみると言っていた。あのとき彼女にもらった人形は、バッグの中に入っているはずだ。
(鬼頭さんは、あの家は住人を留めたいと願っているとか言ってたっけ)
仮に人柱になった人形が、そういう力を持っているのだとして――いや、そんなこと考えても仕方がない。今日説得できなくても、明日がある。何度だってあそこに通ってやる。
ようやく信号が変わった。私は車を改めて発進させた。
せめてこのときにでも、鬼頭さんに連絡しておけばよかったのだと思う。
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