18

 私は半分足を門扉の内側に入れたまま、ぽかんとして鬼頭さんの後姿を見送った。

 一体何なんだろう? あの人は。

 悪い人ではなさそうだけど、かといって単純にいい人と決めることもできない。とにかく正体不明なのだ。なにしろ、彼女のことは名前しか知らない。野島さんと違って名刺もくれなかったし、この家に関してどういう役割を負っている人なのか、私には見当がつかない。

(まさか、孝太郎が言ってたとおりの「お化け担当」じゃないよね。まさかね)

 自分の非現実的な考えを笑いながら敷地の中に入り、門扉を閉めた。無事自宅に着いたせいか、思わずほっとため息が出た。

(よかった、鬼頭さんが帰ってくれて)

 不思議とそんな気持ちがこみ上げてきた。あの人に、この家に足を踏み入れてほしくない――なぜかそういう気がするのだ。

 とにかく家にたどり着いた。私はもう一度孝太郎に連絡をし、無事に帰宅したことを伝えた。


 昼食をとり、作り置きのおかずを何品か作って冷蔵庫に入れ、そこで力尽きてリビングのソファに座り込んだ。

 疲れやすくなった。その一方で、何かしら有意義なことをやっておきたいのになぁ、という気持ちもある。

 たとえば、今のうちに子供がいたら行けないところに行っておきたい。小さな子供を連れて行きにくい施設はたくさんある。たとえば静かで雰囲気のあるレストラン。美術館や映画館だってそうだろうし、ショッピングだって、赤ちゃん連れでは何かと困難がつきものだろう。

 でも、あちこち外出するほどの元気はなかった。家でちょっと家事をしただけでも疲れるのだ。このせり出したお腹を抱えた状態では、何かと体力を消耗する。あまりあれこれ動いてまた体調を崩せば、孝太郎に叱られるに違いない。私だってそれは避けたい。

(しかたない。休もう)

 思い切ってリビングのソファから立ち上がると、自分の部屋に向かうことにした。ベッドに横になって、ちゃんと休息をとった方がいい。お腹が張りやすいのは、決して望ましいことではない。

 自室のベッドに腰を下ろすと、我知らず「ふう」と大きなため息が出た。このまま寝てしまおうか。後で一日を無為に過ごしてしまったと後悔するかもしれないが、また体調を崩すよりはいい。お腹の子どもは、無事に産まれてくるに越したことはない。

 ベッドに寝転がって、もう一度大きなため息をついた。疲れた……とひとりごとを呟きながら目を閉じる。このままだと疲労もあいまって自然と寝てしまう――正気と夢の境界線をただよっていると、コンコン、という音が聞こえたような気がした。

 音は止まず、何度も続いている。

 これはきっとノックの音だ。誰かが部屋のドアか、もしくは窓を外から叩いている。

 私は身を起こした。


 そこまでは記憶が残っている。


 気が付くと私はいつの間にか家の外――庭に立っていた。

 目の前には離れがある。

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