25
「……どういうこと?」
聞き返した自分の声が震えていた。もしも孝太郎の予想が正しいとすれば、私のせいで赤ちゃんが死んだということになる。そんな大それたこと、さすがにした覚えがない。でも。
わからない。何がトリガーになるのか――私は一体何をしたんだろう。
『いやほら、厄介なやつが……ああそうか、姉さんはあのときいなかったんだっけ。あの家建てた工務店つながりで、拝み屋が来たことがあってさ』
孝太郎の声はどこか嬉しそうだ。今まで冷たく固めたような言葉しか投げてこなかった私の弟が、これまでとは違う一面を見せている。本当ならそれは喜ぶべきことのはずなのに、私は少しも嬉しくない。そのとき、
(待ってますから)
頭の中で女の声が流れた。思い出したのだ。桃子ちゃんから電話があった夜、電話ごしに知らない女の声を聞いた。あれが赤いエプロンの女だろうか。待ってるというのは、私のことなんだろうか?
『もしもし、姉さん? 聞こえる? それでさ、その人が言ってたんだよ。あの離れに押し込めてた厄介な奴が出てきてるって。それから振袖の女の子と赤いエプロンの女性には気をつけろって――奈緒ちゃんの話からすると、離れから出てきてるのは赤いエプロンの方らしいね。放っておけばそのうち家にも入ってくるし、そうなったら危ないって拝み屋が言ってたよ。その人が置いてった御札みたいなもののおかげかな、今はまだ俺たち、普通に生きてるけど――でももっと弱い生き物だったらどうかな。それこそ赤ん坊とかさ、影響を受けちゃうかもしれないと思うんだよね』
そうかもしれない。何と答えたらいいのか、まるでわからなくなっていた。
『その赤いエプロンの女性ってさ、何となく昔の人かと思ってたら、最近亡くなった人らしいんだよ、どうも。俺たちの前にあの土地に住んでた女性で、火事の日に、なぜか火事の被害がほとんど出ていない部屋の中で、眠るように亡くなってたらしい。ほら、死因がわからない人が何人かいるって言っただろ? あの中の一人だよ』
「待ってよ、本当に最近の人じゃない」
『そうだよ。どうも古さとか、彼女の場合は関係ないらしいね』孝太郎はそう言ってくすくす笑った。
『近所の人に聞いたよ。四十代手前くらいの小柄な女性が、あの家に住んでたって。明るくて、同居のお姑さんの介護もよくやって、とってもいい人だったって言われたよ。うん、その人で間違いない。三輪坂綾子』
その名前が出た途端、電話の向こうでドン、とすごい音がした。
『ほら、リアクションした』
孝太郎は気味が悪いほど楽しそうにそう言った。
私は何も言えなかった。ただ黙って考えていた。孝太郎は、私が彼女をどうしたって言うんだろう。私は何もしていないはすだ。でも、
『姉さんが離れから呼び出したんだよ。わからないかぁ』
そう言われると、子供みたいに泣きたいような気分になってくる。
震える膝で立っているのが辛くなって、手近なベンチに移動した。孝太郎はその間も話し続けている。もう聞きたくないのに、
『姉さん、聞いてる? 聞いてるよね。俺はね、姉さんには悪気なんかなかったと思うよ。子供のことはさ、事故みたいなもんだったんだ。ね、どうしてそう思うかって話、聞くだろ? 第一さぁ、俺まだ一番大事な話してないんだよ。だから、ちゃんと聞いててほしいな』
今、この電話を切ることができない。
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