26

『俺たちの前にここに住んでたひとたち、全滅したわけじゃないんだ。残念ながら生き残った人がいて、その人は別のところでちゃんと生活してる』

 さすがに耳を疑った。今残念って言った? こいつ、何を考えているんだろう。

「残念ながらって何? いいことじゃない」 

 私が怒ると、孝太郎は急にしおらしいような口調になって『ごめん、間違えた』と言った。内容はともかく、こうやって人畜無害を装ってきたんだな、と妙なところで納得を得てしまう。

『でもさ、赤いエプロンの綾子さんにとってはよくないことみたいなんだ。たぶん彼女からすれば、家族がひとり行方不明になっちゃったようなものなんじゃないかなぁ。生前から家庭をすごく大事にする人だったらしいよ。俺が調べた限りではね』

「どこまで調べたのよ……」

 電話の向こうにいる孝太郎が、どんどん得体のしれないものに思えてくる。さっき面と向かって話し会っていた時とは別種の薄気味悪さが、電波を通して耳から流れ込んでくる。

『ちょっとお金かければ、色んなことがわかるじゃない。それに近所の人たち、本当はこの土地であったことを話したくて仕方ないんだよね。だから話聞かせてほしいって言って回ったら、色々教えてもらえたよ。そのたびに「早く引っ越した方がいい」って言われたけどね。ははは。ともかくさ、綾子さんは家族思いの人だから、いなくなった家族のことを死後もまだ探してるんだ』

「それって、私と何か関係ある?」

『それがあるんだな。いなくなった家族――女性らしいんだけど、姉さんと年が近くて、聞いた感じじゃ雰囲気も似てたみたい。スーツ着てキビキビしてて、キャリアウーマンって感じの……でもそれだけじゃ多分、綾子さんは離れから出てこなかったと思う。そうじゃないですか?』

 孝太郎が誰かに話しかけた。その直後、どん、という何かを叩くような音が聞こえた。

『ああ、よかった。大体合ってるみたい。すごい間違いとかあったら教えてくださいね』

「ねぇ、あんた何やってんの?」

『ちょうどいいから、綾子さんに聞きながら話を進めてるんだよ。たぶんこの人、俺のことは嫌いだけどね』

 もう一度、どんという音が続いた。これは肯定だろうか? こんなときだけど、ちょっと可笑しくなってしまった。

(いや、笑ってる場合じゃない。しっかりしなきゃ)

 私は膝の上で拳を握った。孝太郎は本気でこんなことを言っているんだろうか? その辺の壁を自分で叩きながら話しているんじゃないだろうか。なんにせよ気味が悪い。さっき「歩み寄りたい」と言った言葉に嘘はなかったはずだけど、今になって私は、そのことを後悔しつつあった。

『もしもし? 姉さん、聞いてるよね?』

「聞いてる」

『ああ、よかった。それで、何が綾子さんにとってのトリガーになったかっていうと、たぶん姉さんが電話か、それかうちに来たときに、桃子のことを呼んだせいだと思うんだよね。桃子ちゃんとか、桃ちゃんって呼ぶだろ?』

「呼ぶけど、それが何よ?」

『生き残ってこの土地を出てったバリキャリっぽい女性だけど、シングルマザーで幼い娘さんがいたらしいんだ。その子はこっちに引っ越した後に病気になって、それからずっと入院してるらしいけど……とにかくその女の子、桃花ちゃんって名前らしいんだよね』

 それが何、と言いかけて、今度は言葉が喉の奥に詰まった。

『綾子さん、あの離れの中で、姉さんの声を聞いたんじゃない? 探してるのと似た感じの女性の声が、「桃ちゃん」って呼ぶのを聞いて、彼女が帰ってきたと思ったんじゃないですか?』

 そのときスマートフォンから、どん、という音が聞こえた。

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