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 これといった問題がなかったことを告げると、孝太郎は喜んだ。とはいえ心配が解消されたわけではないらしく、産婦人科から家までは散歩程度の距離だというのに、タクシーを使って帰れという。

『歩きは心配だし、バスは遠回りでしょ。こんなときくらいお金使おうよ』

 少し過保護な気がすると思いながらも、大人しく従うことにした。

 配車を頼む人が多いのだろうか、病院の受付には最寄りのタクシー会社の電話番号が貼りつけられている。そこに電話をすると、タクシーは十分もしないうちに到着した。

 私が住所を告げると、年配の男性ドライバーは一瞬ぎょっとしたような顔をした。もしかするとこの人、この住所に覚えがあるのだろうか。

「もしかして運転手さん、この家ご存知ですか?」

 試しに尋ねてみた。孝太郎が話してくれたことの答え合わせをしたかったし、彼がまだ教えてくれていない部分も聞けるんじゃないかと思った。

「ああ、まぁ、大きなお家でしたからね」

 そう言葉を濁すドライバーに、私は「ここ今知人が住んでるんで、挨拶しに行こうと思って」と嘘をついた。「私、ここに住んでるんです」と言ったら、この人の好さそうなおじさんは何も教えてくれなくなるような気がした。

「なんか、火事があったとか、何人か亡くなったって聞いたんですけど。いわく付きのとこなんですか?」

 野次馬のふりをして尋ねると、ドライバーは「実はそうなんですよ」と話し始めた。「この辺りはよく通るんですけどね、あの家に誰か越してくるたびに噂でもちきりですよ。そういえばまた新しい家が建ったんでしたっけ? あれだけ色々あったのにねぇ」

「色々ですか」

「そうですよ。火事の前にもご主人が亡くなって、そのちょっと前にはおばあちゃんが亡くなってて――まぁおばあちゃんはお年をお召しでしたけど、ご主人はまだ五十代か六十代か……そのくらいだって聞きましたよ。とにかくお葬式が立て続けに出てね。それにお子さんが病気になったとか……」

 ドライバーは堰を切ったように話し始めた。この話が本当なら、火事の後含めて三人が亡くなった――どころではない。その前にも不幸が重なっている。

「最初は七人くらいで住み始めて、でも出て行くときは一人だったって聞きましたよ。怖いねぇ。幽霊なんているかいないか私にはわかんないですけど、一つの土地でそれだけのことがあるとね……」

「あの」やっぱりあまり聞かない方がいいんじゃないか――そんな考えがふと頭をよぎったが、結局は尋ねてしまう。「その一家の前にも、住んでた人はいたんですよね?」

「ああ、いましたよ。その時もやっぱりお葬式が出てねぇ。確か……ああ、ここですね。着きました」

 いつのまにかタクシーは家の前に停まっていた。やっぱり散歩程度の距離だったなと思いながら料金を払った。私を降ろしたタクシーはさっさとドアを閉め、さっさと走り去った。

(その時もやっぱりお葬式が出てねぇ)

 ドライバーの声が頭の中を回った。やっぱり人が亡くなっている。孝太郎の話で把握できたよりも多い。入院しなければならなくなった子供もいるという。

 急に不安になって、自分のお腹を撫でてみた。新居とか引っ越しとか曰く付きの土地だとか、私たちの都合なんか関係なく、この子はどんどん大きくなっていく。ちゃんと産んで、責任をもって育てなければならない。

「……気にしなければいいよね。大丈夫」

 自分にそう言い聞かせながら門扉を開けようとしたとき、

「あ、あの」

 誰かが声をかけてきた。

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