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 最寄りの図書館のウェブサイトによれば、大手全国紙からこのあたりの地方紙も含め、昭和五十年以降の新聞をマイクロフィルムで保存しているらしい。若干の欠号はあるようだが、例の土地で起こった事件について、詳しく報じている記事を見つけられる可能性は高い。

 さっそく先程の女性事務員に早退する旨を伝え、私はその図書館に向かった。今日の閉館は十八時、まだ閲覧の時間は十分にある。


 ――で、それから約二時間後。私はふたたび事務所に舞い戻っていた。


「あのぅ、早和子さん?」

 女性事務員が心配そうな声をかけてくる。「どうされました? 急いで出ていかれたと思ったら、また急いで帰ってきて。何か飲みます?」

「大丈夫、ありがとう。飲み物は後でもらいます」

「そうですか? 顔色が悪いように見えますけど……」

「ああ……そう? そうかも」

 確かに疲れている。でも、今はそれどころではない。

「早和子さん、何かお探しですか?」

「探してはいるんだけど、大丈夫。ちょっと家族関係のことでね」

 事務員は不審そうにこちらを振り返りながら、自分の席に戻っていった。

 私は皆からの不審そうな視線を感じながら、事務所にあるキャビネットを漁った。出張中の父は仕事中なのか連絡がとれず、だからと言って母に聞いてもわからないだろう。古株の事務員さんがいればもしかしたら――とため息をつきながら考えた。いたにはいたが、先月定年退職したばかりだ。それにやっぱり、仕事とは関係のない家族の用事に、他人を極力巻き込みたくない。

(大丈夫、たぶん合ってる。だって何度か見た覚えがあるし、記憶は正しいはず。人の名前を覚えるのは得意だもの。まずはちゃんと確認しなきゃ。絶対見たはず)

 頭の中でぐるぐると繰り返しながら、私はようやく目当てのものを探し当てた。意味もなく仰々しく飾りつけられた社長室の棚に、古い写真をまとめたアルバムがあったのだ。ほぼ正方形の、時代がかった大きなものだ。

 ページをいくつかめくると、先代の社長の姿が現れる。つまり父の父、わたしの父方の祖父にあたるひとだ。

 なおもページを繰る。それは見るからに古そうなカラー写真だった。東京都内の有名なホテルで、同業者との大規模な集まりの会があったらしい。そう、何度もこの写真を見せられたっけ。国内有数の有名企業の社長と、父が同じ写真に写っている。こういうものを自慢するのが、父は好きなのだ。

 父はことこういったことに関してはマメらしく、写っているひとの名前を書いた細長い小さな紙が、一緒にアルバムの台紙に貼られている。問題は、この超有名企業の社長さんとの写真ではない。同じページに貼られている、別の写真だ。

 にこやかに談笑するスーツ姿の男性が目に入った。笑顔だがやや神経質そうな顔をして、若い頃の父と一緒に写っている。中年の男性だ。

 どうやら家具を扱う会社を経営していたらしい。添えられた紙には社名と肩書のほか、「井戸丈彦氏」と名前が書かれている。

 やっぱり。変わった名字だからよく覚えていたのだ。

 図書館で見つけた、おそらくあの土地で起こったであろう一家心中事件。井戸丈彦はその犯人であり、一家の主だった。

 その男性が、まだ若い父と並んで、ひとつのフレームに収まっていた。

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