02 谷名瀬奈緒

 伯父夫婦が亡くなったという報せが飛び込んできたときは驚いた。

 ふたり一度に亡くなったというから、てっきり事故かと思った。でも、連絡をくれた早和子さんは「よくわからない」という。

『ふたりとも家で倒れてたの。外傷もないし、苦しんだ形跡もない。一人ひとりだったら私、自然死だと思っただろうね』

 電話口で聞いた早和子さんの声は、ずいぶん疲れているように聞こえた。

 それにしても、あれだけ濃いキャラのふたりが一度に亡くなる――というのはやっぱり、悲しいか悲しくないかは置いておいて(置いておくのもどうかとは思うけど)、ショックではある。

 父なんか「まさか殺人じゃないだろうな」なんて苦い顔をしていた。まぁ、動機を持ってる人がいてもおかしくないな……という気はする。申し訳ないけど。

 ちょうど新しい仕事が見つかってばたばたしていたこともあって、その後の詳しい話は聞きそびれてしまった。でも結局ふたりの死には事件性がないということになって、お葬式も普通に執り行われることになり、そういういきさつでひさしぶりに葬儀場で顔をあわせた早和子さんは、なんだか前よりやせて見えた。

「やつれて見える? まぁ、忙しかったのは本当だね」

 そう言って笑った顔も、どことなく影が差しているようだ。なるほど、忙しかったことは確かだと思う。なにしろ、伯父の跡を継いで社長さんになったんだから。

 会社経営者だった伯父は特に弔問客も多く、葬儀の規模もそれなりで、そのあたりの手配は孝太郎さんがほとんどやってくれたと、早和子さんから聞いた。その孝太郎さんと、奥さんの桃子さんの喪服姿を親族席の中に見つけたときは、ほっとした。二人とも元気そうだった。

 あの家から逃げ出して以来、わたしはあの辺りに近づいていなかったし、桃子さんと連絡すらとっていなかった。


 正直、気まずかった。わたしにははっきりと「逃げ出した」という意識があったのだ。だから葬儀場の控室で桃子さんに声をかけられたときは、すごく緊張してしまった。でも全然怒ったり、恨んだりなんて様子は桃子さんにはなくて、むしろ前よりも明るい顔つきになったように思えた。

「実は引っ越したの。だから余計バタバタしてて……そうだ、連絡してなくてごめんね」

 そう言われて、わたしはお葬式だというのに「本当ですか!?」と、思いっきり嬉しそうな声をあげてしまった。少し離れたところにいた母が、口の形だけで「バカ!」とわたしを叱った。

「奈緒さんが喜んでくれて嬉しい。あの家、やっぱりよくなかったよね。ちょっと離れたら、そのことが急にわかったの。孝太郎がすぐに引っ越し先見つけてきてくれて、今はふつうの賃貸に住んでる。だいぶ狭くなったけど、ちょうどいいよ」

 わたしはあの、ふたりで住むには広すぎる、荷物が少ない家のことを思い出した。同時に頭の中をあの赤いエプロンがよぎり、それだけで鳥肌が立った。

 よかった。本当に引っ越してくれてよかった。

「奈緒ちゃん、お疲れさま」

 控室の反対側で別の親戚と話していた孝太郎さんが、こっちにやってきた。自分の両親が亡くなったというのに、明るくなったように見える――まぁ、それだけの確執があったとは思う。日頃からまるでいない人間みたいに扱われて、そのうえあんな家を押しつけられていたのだから。

「桃子に聞いた? うち、引っ越したんだよ。よかったらまた遊びに来て」

 朗らかにそう言われた。わたしは「じゃあ、そのうちにぜひ」と答えた。

 正直、孝太郎さんのことは今でもなんとなく苦手だ。でもこれは社交辞令じゃなく、後で桃子さんと打ち合わせしよう。新居にも幽霊がいないといいけど――なんてことを考えたとき、なぜだろう、ふと頭の中に森宮さんの声が蘇った。

(間違ってもあれを利用しようなんぞ、考えたらあかん)

 その言葉が、閃くように頭の中に流れた。

 どうしてこんなことを思い出したんだろう? 不思議に思いながらも、その中身が気になった。あのときの「利用する」とは何だったのだろう? あんなところに、どんな利用方法があったって言うんだろう?

 そんな疑問が頭の中に浮かんで、でも忙しない雰囲気に流されるうち、またすぐ消えてしまった。


 どうでもいいか。どうせ、二度と足を踏み入れない家のことだ。

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