28

『実は今離れの中に、おやじとおふくろがいるんだ』

 孝太郎は悪びれもせずにそう言った。

 頭の中に、父と母の顔が閃いた。こめかみに冷たい汗が流れた。

「お父さんとお母さん……?」

『例のカルトの御神体について適当なこと話したら、二人して飛んできてくれたよ。離れにもあっさり入ってくれた。会社、俺が思ってた以上にやばいんだね……で、さっき見たらもう動かなくなってた』

「……死んでるの?」

『死んでる』

 孝太郎はきっぱりと言い切った。

『それは触って確かめた。さすがに入った途端に死ぬわけじゃないからね……ともかく死んでるよ。間違いない。疑うなら二人に連絡してみな? 実家も携帯も、誰も出ないから』

「そんな話してどうするの? 本当なら私、警察に……」

 言いかけてやめた。警察に通報してどうする? 弟が両親を殺したって言うべき? でも、両親を離れに入れただけの孝太郎と、自然死にしか見えない死体しかないのに、法で裁くことなんてことができるのだろうか?

『姉さん、車結構でかいよね? あれで、おやじとおふくろを家まで運んで、そっちで死んだことにしてほしいんだ。さすがに死体を離れに置きっぱなしにはできないし、おやじが行方不明のままじゃ、会社の人たちも困るんじゃないかな?』

「ねぇ、待ってよ。何言ってんの? 何でそんなことしたのよ?」

『俺、嫌いなんだよ。おやじもおふくろも』

 孝太郎はあっさりと答えた。

『姉さんだって、二人がいない方がいいよね? もう会社のことでクソみたいな口出しされることも、姉さんががんばって稼いだ金を無計画に使われることも、老後はよろしくなんて頼まれることもないんだからさ。会社は姉さんが社長になって、好きにやっていいよ。実家の土地建物も俺はいらない。なぁ、姉さん頼むよ。自分ちに運ぶだけだろ? 俺、実家の鍵持ってないからさ。うちの車はそんなに大きくないし』

「待ってよ、そんなことできないって」

 孝太郎の話が本当だったらとんでもない。私は慌てて拒否した。「自然死にしか見えないんだったら、そっちで通報とかしたら? 殺人犯にはならずに済むんじゃないの?」

『嫌だよ。桃子に余計な心配かけたくない。不仲な俺の家より、自宅で死んでる方が自然だろ? どうせ自然死にしか見えないんだし、姉さんが逮捕されたりなんかしないよ』

「最悪……」

 そのとき、インターホンの音が聞こえた。電話の向こうからだ。

『ああ、ちょっと待って』

 孝太郎が嬉しそうにそう言った。玄関に向かうのだろう、足音が聞こえる。続いて鍵を開け、ドアを開ける音。

『急にすみません』

 玄関から入ってきた誰かに、孝太郎がにこやかに話しかけた。

『いやいや、全然! びっくりしたけどね。でも連絡もらって嬉しかったよ』

 電話の向こうから、孝太郎以外の声が聞こえた。

 全身の血が凍りついたような気がした。それは私がよく知っている声だった。

『よかった、甘えちゃって申し訳ないです。姉のことなら、達彦さんに相談するのが一番いいかなって』

『おれでいいのかな〜。ははは、まぁ、一応早和子と一緒に住んでるからね。あっ、もしかして電話中? 大丈夫?』

『あー、大丈夫です! ていうかこれ、姉さんで』

『そうなの? いや、よかった。早和子も孝太郎くんのこと気にしてるみたいだったしさ、きっと喜ぶよ』

『だといいですね。ああ、上がってください』

 達彦があの家に上がりこむらしい音を、私は黙って聞いていた。

 いつの間に親しくなったのだろう? 孝太郎はどうして達彦のことを知ってるの? 連絡先はどうやって?

 何にせよ、今私が大騒ぎしたら孝太郎は電話を切るだろう。その後、孝太郎も達彦も電話に出てくれなかったら――どうする?

 そう思うと怖くなって、息を殺しているしかなかった。

『……さて、どうしようか』

 達彦をほかの部屋に通して、一旦ひとりになったのだろう。孝太郎の声が戻ってきた。

『達彦さん、すごくいい人だね。姉さんと仲直りしたいから相談させてほしいって頼んだら、すぐに来てくれたんだよ。俺のことよく知りもしないのにね』

「ねぇ、何のつもり……」

『姉さん。さっきも言ったけど俺、桃子に余計な心配かけたくないんだよ』

 冷たい声が、スマートフォンの向こうから問いかけてきた。

『さっきの頼みごと、聞いてくれるよね? それとも達彦さん、これから離れにお通ししようか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る