09
「ありがとう。ごめんね、最近顔色悪いから人前に出たくなくて……どうだった?」
家に戻ると、桃子さんがさっそく声をかけてきた。
どう……どうだっただろう。思い出してみてもよくわからない。あの人、結局何者で何をしに来たんだろう?
「よくわかんないです……とりあえず、住人の方はお元気ですかって聞かれたんですけど」
「そっか。他にあった?」
「わたしにも『お気をつけて』って……で、最後に『なんとかできそうな人に頼んでみます』とか言って、さっさと帰っちゃいました。あとは――喉の調子がすごく悪そうだったくらいかなぁ。風邪とかじゃないといいんですけど」
よく知らない人の心配をしているというよりは、自分に移っていないか心配、という感じだ。桃子さんは電気ケトルのスイッチを入れながら、小さくうなずいている。
「桃子さん、あの人何なんですか?」
「あの人ね、たぶん霊能者みたいな人」
桃子さんはさらりとそう言った。カップを取り出しながら、
「私も最初はよくわかってなかったんだけど、どうもここを建てた工務店の社長さんと繋がりがある人みたい。まぁ、霊能者って言っても何をしてるのかよくわからないんだけどね……引っ越してきたばっかりくらいのときに一度来て、それからもう一回……あとはお腹の子が亡くなったときにも来たな。そのときに拝み屋さんだったんだ、ってなんとなくわかったくらい」
「そうですか……」
それは、桃子さんにとって辛い記憶ではないのだろうか。本人は平気そうな顔をしてティーバッグをカップの中に入れたりなんかしているけど、こんな風に語っても大丈夫なんだろうか。
わたしは彼女の顔を伺う。初対面のときより、少し痩せたように見える。元々太っている人じゃなかったのに、やっぱり無責任に「元気です」なんて言わなくてよかったかもしれない――そんなことを考えていると、ふと孝太郎さんのことを思い出した。もちろん孝太郎さんも「この家の住人」だ。
「孝太郎さんは何か、見えたりとか聞こえたりとかないんですかね」
半分ひとり言のようにそう言うと、桃子さんは首をかしげる。
「うーん、何も言われてないな。ない話じゃないかも。でも孝太郎本人に聞かないとわからないかな」
「ですよね」
そんな話をしている間に、紅茶のいい香りが漂ってきた。そのとき、
「……たださ、あの人」
桃子さんが、ふいにぽつりと呟いた。
「あの離れの鍵を、結構しつこく探してるんだよね」
と、苦いものでも噛んでいるような顔で言う。「離れは本来の意図では使わない、庭にある祠みたいなもんだから鍵もないんだって、向こうのお義父さんやお義母さんに言われたはずなんだけど」
「へぇ……」
鍵、ないんだ。それなら気味の悪い建物になんか入らなくていい、関わらなければいい――そう思ったけれど、なんとなくそれだけでは済まないような気がした。
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